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今回は
冷戦」について
解説していきたいと思います。

 

「冷戦」という言葉は、
世界史によく登場します。

時代としては、1945年以降の話ですね。

また、この言葉は、
「国際化」について論じた現代文にも出てきます。

 

そのため、
世界史と現代文の内容を兼ねて
説明していきたいと思います。

 

では、さっそく見ていきましょう。

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冷戦を簡単に

 

「冷戦」
の意味を辞書で引くと、
以下のように書かれています。

【冷戦(れいせん)】

直接的に武力を用いず、経済・外交・情報などを手段として行う国際的対立抗争。特に、第二次大戦後のアメリカを中心とする資本主義陣営と、当時のソ連を中心とする社会主義陣営との激しい対立をいう。冷たい戦争。コールドウォー。

出典:三省堂 大辞林

冷戦」とは、簡単に言うと
アメリカとソ連の間接的な争い」のことです。

 

一般的な戦争は、
お互いが直接争って温かい血を流すので、
「熱い戦争(hot war)」と呼びます。

 

しかし、「冷戦」は
アメリカとソ連が武力によって
直接戦ったわけではありません。

戦争が起こりそうな雰囲気はあったものの、
お互いがにらみあうような「こう着状態」でした。

 

そのため、
冷たい戦争(cold war)
と呼ばれているのです。

 

では、具体的に彼らは、
どのようなことで争っていたのでしょうか?

 

これは一言で言うと、
考え方の違い」です。

 

アメリカは、「資本主義
という考えを持っていました。

一方で、
ソ連は「社会主義
という考えを持っていました。

関連記事:>>資本主義・社会主義・共産主義の意味をわかりやすく解説

 

資本主義」とは、
以下のような考えです。

「自由に商売ができる世の中がいい。がんばれば多くお金が手に入るが、その裏には貧乏人も出る。でも、それは仕方ないことだろう。」

一方で、「社会主義」とは、
以下のような考えです。

「お金は国が管理したほうがいい。その方が、みんな平等に給料がもらえるので、がんばらなくても幸せになれる。」

比較すると分かるように、
全く正反対の考え方です。

 

ここで一つの疑問が浮かび上がりました。

資本主義と社会主義、どっちが幸せになれるの?

 

世界中の国々が、
どっちがいいのかと議論し始めました。

 

そして、
世界はアメリカとソ連を中心に
二つのグループに分かれることになるのです。

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冷戦の原因やきっかけ

冷戦 原因 きっかけ

 

1945年2月、
ソ連の「ヤルタ」で、
アメリカ・イギリス・ソ連の3国が集まりました。

主に、第二次世界大戦が終わった後の
今後についての話し合いです。

 

この会談のことを
ヤルタ会談」と呼びます。

 

「ヤルタ会談」は、
「今から戦争を始めよう!」
と宣言した会議ではありません。

しかし、
争いが始まるきっかけを作ったことから、
東西冷戦の原因と言われています。

 

「ヤルタ会談」の主な内容は次の3つです。

  1. ヨーロッパとドイツを東西に分割し、東側はソ連、西側はアメリカが支援していく。
  2. ソ連が日本を攻めてアメリカを支援する代わりに、北方領土(当時の日本の領土)をソ連のものにする。
  3. 国際連合において、常任理事国の5か国に拒否権を与える。

 

この中で、
冷戦の原因になったのは①です。

①により、ヨーロッパの東半分を
ソ連が支援することになった結果、
東ヨーロッパの国々は社会主義国にされてしまったのです。

 

当時のソ連の政策は、
スターリンによる独裁政治だったため、
支援というよりも半強制的な支配のようなものでした。

 

これに危機感を覚えたアメリカは、
西ヨーロッパの国々を次々と仲間に入れます。

そして、ヨーロッパの真ん中に
鉄のカーテン」と呼ばれる
西側陣営と東側陣営を分ける国境線が生まれました。

 

その結果、
以下のような対立構造が生まれたのです。

【ソ連を中心とする東側陣営】(社会主義陣営)

東ドイツ・ルーマニア・ブルガリア・ポーランド・ハンガリー
・アルバニア・チェコスロバキア・ユーゴスラビアなど。

【アメリカを中心とする西側陣営】(資本主義陣営)

西ドイツ・イギリス・フランス・イタリア・オランダ・
ベルギー・スペイン・ギリシャ・デンマーク・トルコ・
アイルランド・ルクセンブルク・ノルウェーなど。

その後、上記に加えて
東側陣営に「中国や北朝鮮・ベトナム」
西側陣営に「日本・韓国・台湾」などが加わりました。

 

そして、
この二つの陣営による対立は、
1989年まで続くことになります。

 

その間、アメリカとソ連の
直接の衝突はありませんでしたが、
間接的な戦争は何度かありました。

代表的なものとしては、
「ベトナム戦争」「朝鮮戦争」などが挙げられます。

いわゆる、
代理戦争」と呼ばれるものですね。

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冷戦の終結はいつ?

冷戦 終結 いつ

 

こうして、
世界各地で「代理戦争」が行われる中、
1985年にゴルバチョフ氏がソ連のトップに就任します。

 

彼は、「ペレストロイカ」という
国家改革を行いました。

 

具体的には、
経済の開放・自由化」など
社会主義経済の建て直しです。

この改革をきっかけに、
東ヨーロッパ諸国でも経済の自由化を
求める声が増えてきました。

 

そして、
1989年11月、ついに「ベルリンの壁」が
壊されることになったのです。

 

「ベルリンの壁」とは、
東西ドイツを分割して双方を移動できない
ようにしてた大きい壁のことです。

「冷戦」の「象徴」とも言われています。

関連記事:>>象徴の意味をわかりやすく解説

 

そして、
ベルリンの壁が崩壊した後、
地中海で「マルタ会談」が開かれました。

 

「マルタ会談」とは、
1989年12月2日に地中海のマルタで行われた、
アメリカのブッシュ大統領と
ソ連のゴルバチョフ書記長の会談です。

この会談で、
「軍備の縮小」「ドイツの再統一」
「ソ連の経済問題」などが話し合われました。

 

そして、
両国の首脳は冷戦の終結を宣言したのです。

 

つまり、完全ではないものの、
とりあえずもう争いはやめよう
という結論が出たわけですね。

 

冷戦の終結時期については、
いくつか説がありますが、
一般的には「マルタ会談」が有力です。

一部では、
1991年の「ソ連崩壊」だと
主張している学者もいます。

 

しかし、
歴史的な流れで言うと、
「1945年のヤルタ会談から始まり、
1989年のマルタ会談で終わる」というのが自然な流れです。

 

「ソ連の崩壊」は、
冷戦の終結にともなう社会主義の没落
であると考えるべきでしょう。

こうして、
長い冷戦が終わったのですが、
冷戦の構造が完全になくなったわけではありません。

 

身近な例だと、
北朝鮮と韓国は、現在も
「社会主義陣営」と「資本主義陣営」に分かれています。

どちらも、
自分たちが正しいと信じ続けて、
プライドをかけて争っています。

したがって、
代理戦争という意味では、
「アメリカ」と「ソ連(今はロシア)」は、
今も争い続けていると言えるのです。

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冷戦の使い方・例文

 

「冷戦」という言葉は、実際に
どのように使われるのでしょうか?

現代文を想定して、
例文を確認しておきましょう。

 

  • 第二次世界大戦の終結は、東西冷戦の幕開けでもあった。
  • 冷戦の時代は、多くの独裁者が誕生する時代だった。
  • 冷戦後は、世界の政治・経済のシステムがアメリカ中心となった。
  • 冷戦とは、資本主義と社会主義のイデオロギーの対立だった。
  • ソ連の解体は、米ソ冷戦体制の崩壊を意味するものだ。
  • 冷戦時代は、グローバリズムの課題は現実問題としてなかった。
  • 冷戦状態のまま、彼女と口を聞かない生活が続いている。

 

「冷戦」という言葉は、
グローバリズム」をテーマとした
文章に登場することが多いです。

 

グローバリズム」とは、
各国の政治・経済などが
国を超えて地球規模で結びつくこと
です。

冷戦時代は、
このような世界の一元化は
起こりえませんでした。

 

しかし、
冷戦が終わり社会主義が崩壊したことにより、
その空白部分に新たな市場が生まれました。

その結果、
各国の企業が新たな国に進出していき、
「グローバル企業」と呼ばれるものが
目立つようになったのです。

 

ちなみに、
「冷戦」は最後の例文のように、
人間関係に使う時もあります。

この場合は、
冷え切った関係」「仲が悪い関係
などという意味で使われます。

まとめ

 

いかがだったでしょうか?

 

今回の内容をまとめると、

冷戦」=アメリカとソ連の間接的な争い。

難しい言い方だと、
「資本主義陣営」VS「社会主義陣営」

ということでしたね。

 

歴史的な流れとしては、
「ヤルタ会談で始まり、マルタ会談で終結」
と覚えておきましょう。

今回は以上となります!

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