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無常ということ 要約 解説 現代語訳 意味調べノート 漢字 わかりやすく

 

『無常ということ』は、小林秀雄による評論文です。高校現代文の教科書にも取り上げられています。

ただ、本文を読むとその内容が分かりにくい箇所もあります。そこで今回は、『無常ということ』のあらすじや要約、意味調べ、現代語訳などを含め簡単に解説しました。

『無常ということ』のあらすじ

 

本文は、大きく分けて4つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。

あらすじ

①先日、比叡山の山王権現の辺りをうろついていると、『一言芳談抄』にある文が心に浮かび、しみわたった。あの時、自分は何を感じ、何を考えていたのだろうか。今になってそれが気にかかる。

②あれほど自分を動かした美しさはどこに消えてしまったのか。消えたのではなく、取り戻す術を自分は知らないのかも知れない。あの時はよけいなことは何一つ考えなかった。僕は、ある充ち足りた時間があったことを思い出しているだけだ。あの時は、実に巧みに鎌倉時代を思い出していたのではなかったか。

③歴史は、新しい見方や新しい解釈という思想にやられてしまうような脆弱なものではない。解釈を拒絶して動じないものだけが美しい。死んでしまった人間というのは、まさに人間の形をしてしっかりとしているが、生きている人間などというものは、どうもしかたなのない代物である。そうだとすると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かもしれない。

④思い出が、僕らを一種の動物であることを救う。記憶するだけではいけないのだろう。上手に思い出すことは非常に難しいが、それが過去から未来に向かって飴のように延びた時間という蒼ざめた思想から逃れる唯一の本当に有効なやり方のように思える。常なるものを見失った現代人は、自らのおかれた一種の動物的状態がわかっていないのである。

『無常ということ』の要約&本文解説

 

200字要約歴史は新しい見方や解釈などという思想にやられるような脆弱なものではない。多くの歴史家が一種の動物にとどまるのは、心を虚しくして思い出すことができないからだ。思い出は僕らを一種の動物であることを救うため、上手に思い出すことが現代における最大の妄想から逃れる唯一のやり方である。無常は人間のおかれる一種の動物的状態であり、それへの気づきである。常なるものを見失った現代人は、その事を分かっていない。(197文字)

本文は理解する上で、まず筆者の基本的な考え方とこの文章が書かれた当時の時代背景を把握することが重要となります。筆者は近代批判を特徴とした評論家であり、なおかつこの文章が書かれたのは1942年の第二次世界大戦中で人の死が最も身近にある時代でした。

したがって、筆者が、近代化(西洋化)により失われた日本の伝統的な価値観(死生観・歴史観)を重視しているということを予備知識として入れておく必要があります。

冒頭ではまず、『一言芳談抄』の中にある文が紹介されています。内容としては、宮仕えに慣れていない新米の女房が、十禅寺の前で生死の無常を感じ、現世をあきらめて来世へと生まれ変わるように申した、という話となっています。

筆者はこの『一言芳談抄』の内容が心に浮かび上がり、文の節々が心にしみわたりました。そして、何かを書き始めようとしますが、「便利な考えを信用しない」「何を書くのかは判然としないまま書きたい」と述べています。

ここでは、「理性的な考え方を信用せず、自分の感性や感覚を重視したい」という筆者の近代的価値観への批判が込められていることが分かります。

次の第二段落では、「よけいなことは何一つ考えなかったのである。」「僕は、ただある充ち足りた時間があったことを思い出しているだけだ。自分が生きている証拠だけが充満し、その一つ一つがはっきりとわかっているような時間が。鎌倉時代を。」とあります。

ここでは、近代的な思考の束縛から解き放たれて、自分の身体感覚によって過去への共感能力を高めていくことが人生の充実感につながるのだという筆者の思いが伝わってきます。

続く第三段落では「歴史の美」について述べられています。筆者は「本当の歴史の美」というのは新しい解釈などのような脆弱な思想にやられるものではなく、解釈を拒絶して動じないものだと述べています。

筆者にとって、歴史とは思想や観念などのような近代的に解釈されたものではなく、個々の「生」に基づいて体感すべき「歴史そのもの」を意味します。つまり、歴史というのは解釈するようなものではなく、事実そのものだと述べているということです。

そして、筆者は川端康成の、「死んだ人間の方がしっかりしていて、生きている人間はしかたのない代物で一種の動物なのかもしれない」という話を紹介しています。

死んだ人間というのは解釈から解放された「歴史そのもの」の側にいるため、明瞭な存在として人間の姿を現わしています。一方で、生きている人間は歴史を解釈することに懸命になり「歴史そのもの」へと心を向けることがないため、明瞭な存在とはなっていません。したがって、「生きている人間」のことを「一種の動物」と表現しているのです。

そして最後の第四段落では、多くの歴史家が一種の動物に留まるのは、頭を一杯にしているので心を虚しくして思い出すことができないからだと述べています。

これはつまり、多くの歴史家が一種の動物に留まるのは、近代的な理性や論理といったことばかり考えているので、純粋な感性で思い出すことができないからだという意味です。ここでも、筆者の近代的価値観への批判が込められていることが分かります。

最終的に筆者は、「現代人には鎌倉時代のなま女房ほど無常ということが分かっていない。常なるものを見失ったからである。」という内容で締めくくっています。

「無常」とは「に変わらないものはい、つまりすべてのものは移り変わる」という死生観を表した言葉です。そして、「常なるもの」とは「常に変わらず同じであるもの(ここでは、日本から古くからある伝統的な価値観・死生観)」という意味です。

冒頭の『一言芳談抄』に出てくるなま女房は「人の生死は無常なのでどうすることもできない」というような、古くからあった日本の伝統的な価値観を持っていました。

ところが、現代人は近代化によりこのような死後の世界を常に意識するような考えは持たなくなりました。だからこそ、『一言芳談抄』に出てくるなま女房のような無常さを現代人は分かっていないという批判的な文で締めくくっているということです。

『無常ということ』の意味調べノート

 

【ある人いはく、~申すとなり云々】の現代語訳

⇒「ある人が言うには、山王権現に、わざと巫女の格好をした新米の女房が、十禅寺の前で、夜更け方、人が寝静まった後、とんとんと鼓を打ち、心をこめた声で、もうどうなってもかまいません、などとうたった。その心を人に無理に問われて言うには、生死無常の有り様を思うと、現世のことはどうなってもかまいません。なにとぞ来世は浄土に生まれますようにと申し上げたということである。」

※「ていとうていとう」⇒擬音語。「なうなう」⇒呼びかける感動詞。「云々(うんぬん)」⇒省略する際に使う言葉。

【残欠(ざんけつ)】⇒遺物などの一部が欠けて、不完全であること。

【細勁(さいけい)】⇒細くて強い。

【あやしい思い】⇒初めての経験に心が動き、その心を抑え切れない状態。「あやしい」は、古語で「不思議だ・神秘的だ」などの意味。

【取るに足らぬ】⇒問題として取り上げる価値のない。些細なものであるさま。

【判然(はんぜん)】⇒はっきりとよくわかるさま。

【遜色(そんしょく)】⇒他と比べて劣っていること。見劣り。※「遜色はない」で「見劣りしない・負けてない」という意味。

【依然(いぜん)として】⇒相変わらず。前と変わらず。

【途方(とほう)もない】⇒並々でない。ずぬけている。

【萌芽(ほうが)】⇒物事の始まり。きざし。

【一片の洒落にすぎない】⇒理性的・分析的な考え方を揶揄した表現。

【手管(てくだ)】⇒人をだます手段。人を操る駆け引きの手段。※「手管めいた」の「めいた」は「そう見える」という意。

【脆弱(ぜいじゃく)】⇒もろくて弱いこと。

【合点(がてん)】⇒納得。

【考証(こうしょう)】⇒昔のことを調べ考え、証拠を引いて説明すること。

【堕する(だする)】⇒堕落する。物事がよくない状態に陥る。

【歴史の魂】⇒ここでは、「歴史の根底・本質」という意。

【推参(すいさん)】⇒本来は「自分のほうから出かけて行くこと」という意味だが、ここでは、鷗外が「解釈」から逃れることで「歴史の魂」に到達し得たことを意味する。

【代物(しろもの)】⇒人や物をあなどっていう言い方。

【のっぴきならぬ】⇒避けることも退くこともできない。

【蒼ざめた思想】⇒生気のない冷たい思想。

【妄想(もうそう)】⇒根拠のないことをあれこれと想像し、事実だと信じること。

『無常ということ』のテスト対策問題

 

問題1

次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。

ハンゼンとした証拠。

イゼンとして変わらない。

③環境にジュンノウする。

④部屋に煙がジュウマンする。

ミリョク的な笑顔。

⑥名画をカンショウする。

モウソウにふける。

解答①判然 ②依然 ③順応 ④充満 ⑤魅力 ⑥鑑賞 ⑦妄想
問題2「今はもう同じ文を目の前にして、そんなつまらぬことしか考えられないのである。」とあるが、「そんなつまらぬこと」とはここではどういうことか?
解答例『一言芳談抄』は兼好の愛読書の一つだったが、『徒然草』のうちに置いても遜色ないということ。
問題3「僕は決して美学には行きつかない」とあるが、どういうことか?
解答例自分の体験は個別的・具体的なものであり、抽象化・概念化された「美学」ではないということ。
問題4「わからぬばかりではなく、そういう具合な考え方がすでに一片の洒落にすぎないかもしれない。」とあるが、「そういう具合な考え方」とはどういう考え方か?
解答例どのような自然の諸条件に、僕の精神のどのような性質が順応したのだろうか、と考えるような分析的な考え方。
問題5「この一種の動物という考え」とあるが、どういう考え方か?
解答例生きている人間は対象を解釈することに懸命になり、「対象そのもの」へと心を向けることがないため、明瞭な存在にはなっていないという考え方。
問題6「過去から未来に向かって飴のように延びた時間という蒼ざめた思想」とあるが、どういう思想か?
解答例人間の個別的な生とは無関係に、過去から未来への時間軸の中で合理的に説明される思想。
問題7

「上手に思い出すことは非常に難しい」とあるが、「上手に思い出すこと」とはどういうことか?次の空欄の文字数に当てはまる形で答えなさい。

〇〇と〇〇〇〇を結びつけること。

解答歴史 自分の生
問題8「歴史」と「思い出すこと」との関係について、筆者はどうあるべきだと考えているか?
解答例「歴史」は普遍的・合理的に解釈したり分析したりするものではなく、自分の生との関わりの中で個別的・具体的に思い出すことにより、自分の存在を明らかにする関係であるべきだ。

まとめ

 

以上、今回は『無常ということ』について解説しました。ぜひ正しい読解をできるようになって頂ければと思います。

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国語力アップ.com管理人

大学卒業後、国語の講師・添削員として就職。その後、WEBライターとして独立し、現在は主に言葉の意味について記事を執筆中。 【保有資格】⇒漢字検定1級・英語検定準1級・宅地建物取引士など。

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