「むじょう」という言葉は、二通りの表記の仕方があります。
「無常観が漂う」「無情な行動に出る」
さらに、同じ読み方で「無上」という言葉もあるようです。これらの「むじょう」は、一体どのように使い分ければよいのでしょうか?
今回は「無常・無情・無上」の意味の違いをなるべく簡単に解説しました。
無常の意味
まずは、「無常」の意味からです。
【無常(むじょう)】
①仏語。この世の中の一切のものは常に生滅流転 (しょうめつるてん) して、永遠不変のものはないということ。特に、人生のはかないこと。また、そのさま。
②人の死。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「無常」とは「この世の全てのものは、移り変わっていくこと」という意味です。「この世の全て」とは「形があるもの・ないもの全てのこと」だと考えてください。
例えば、私たちが使っているテレビやパソコン、人、犬、自然現象まですべて当てはまります。テレビやパソコンは、いずれは故障してしまいます。永遠に使える家電製品など存在しません。
また、人間や犬などの生物も一緒です。人間なら100年、犬なら20年もすれば、たいがいはこの世から亡くなってしまうでしょう。
つまり、世の中にあるすべてのものは、常に変化し続け、移り変わっていくものだと言えます。この事を、「無常」と呼んでいるわけです。
なお、「無常」は②のように「人の死」を意味する場合もあります。この場合は、人生のはかなさを強調するような時に使われます。
無常の語源
「無常」という言葉は、仏教の用語からきています。もっとも分かりやすい例が、『平家物語(へいけものがたり)』です。
『平家物語』の最初に、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という一文があります。この「諸行無常(しょぎょうむじょう)」というのは、実は仏教用語です。
「諸行」は「この世の全て」、「無常」は「移り変わっていく」という意味です。すなわち、「この世の全てのものは、常に変化していく」ということを言っているわけです。
仏教というのは、ブッダが始めました。ブッダは、「人の苦しみは、いつまでも変わらないことから来る」と主張したことで有名です。
例えば、自分にとって大事な人が亡くなった場合、誰もが悲しい気分になるでしょう。人間として当然の感情です。
しかし、もしも人の命が永遠に続くとしたらどうでしょうか?なにか命の重みが軽くなってしまうような気もしてしまいます。モノにしても一緒です。いつか壊れてしまうからこそ、普段から大事に使うのです。
ブッダは、「諸行無常」を受け入れると、不安や悲しみが軽減すると言いました。その後、仏教は多くの人に影響を与え、普段の生活でも「無常」が使われるようになりました。「無常」という言葉が普及したのは、このような背景があったわけです。
無情の意味
続いて、「無情」の意味です。
【無情(むじょう)】
①いつくしむ心がないこと。思いやりのないこと。また、そのさま。
②仏語。精神や感情などの心の働きのないこと。また、そのもの。草木・瓦石・国土など。非情。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「無情」とは「情けや思いやりがないこと」を意味します。
「無情」は文字通り、「情(なさ)けが無(な)い」と書くので分かりやすいでしょう。また、②のように仏教用語として使う場合もあります。
この場合は、植物や土など心がないものに対して使うのが特徴です。一般的には、①のように「いつくしむ心がないこと。思いやりがないこと」という意味で使われることが多いです。
なお、「無情」と間違えやすい言葉として「薄情(はくじょう)」があります。
両者の違いは、「薄情」は人を思いやる気持ちが薄いのに対し、「無情」は人を思いやる気持ちが全くないという点です。つまり、無情のほうが、より冷酷ということです。
例えば、風邪を引いて寝込んでいる人に対して、看病を一切せず、かわいそうとすら思わないような人を「無情」と言います。
無上の意味
最後は、「無上」の意味です。
【無上(むじょう)】
⇒この上もないこと。最もすぐれていること。また、そのさま。最上。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「無上」とは「この上ないこと・最もすぐれていること」などを意味する言葉です。「無上」は、喜びや幸せなどが最高潮に達したときに使われると考えて下さい。
「無上」も同様に、仏語を由来とします。元々は「無上菩提(むじょうぼだい)」からきた四字熟語で、「無上」は「仏の悟り」を意味する言葉でした。ここから、「最も優れた悟り」⇒「この上ないこと」という意味になったわけです。
無常・無情・無上の違い
ここまでの内容を整理すると、
「無常」=この世の全てのものは、移り変わっていくこと。
「無情」=情けや思いやりがないこと。
「無上」=この上ないこと・最もすぐれていること。
ということでした。
冷静に比較すると、それぞれ全く異なる意味なのが分かるでしょう。
まず、「無常」は「常に無い」と書くので、「全てのものは常にあるわけでは無い(変化していく)」と覚えると分かりやすいです。
そして、「無情」は、「人情」や「感情」などのように、そもそも人の感情にスポットを当てた言葉です。したがって、「感情が無い」ので、「無情」=「思いやりがない」と覚えるのが分かりやすいです。
最後の「無上」は「この上無い」と書くので、「最もすぐれている」と覚えておきましょう。
ちなみに、それぞれの類義語は以下の通りです。
【無常の類義語】⇒「短命・一次・一瞬・薄命・水物」
【無情の類義語】⇒「冷血・冷淡・冷酷・残酷・非人情」
【無上の類義語】⇒「最上・至上・極上・珠玉・一番」
使い方・例文
最後に、それぞれの使い方を実際の例文で紹介しておきます。
【無常の使い方】
- 日本人が桜を好きなのは、咲いてもすぐ散る様子が無常観を示しているからだ。
- 四季の変化を目の当たりにすると、自然というのは無常であることを感じる。
- 彼は世の中の無常を悟り、ついには山に閉じこもり出家することとなった。
- この古典作品は非常に奥深く、私たちに無常観というものを教えてくれた。
- ビジネスに絶対はなく、無常のように変化していく世界と考えた方がいい。
【無情の使い方】
- 勉強しない子供に腹を立て、母親はゲーム機を破壊するという無情な行動にでた。
- 試合は一方的な負けゲームとなり、さらにグラウンドには無情の雨が降り注いだ。
- 遭難者たちは山の中で助けを待っていたが、無情にもヘリは上空を飛び去って行った。
- 長年の夢であったプロ野球選手になるという彼の思いは、無情の夢と散りそうだ。
- 音楽の世界は楽しい反面、非常に厳しい。ある意味、無情の世界と言ってもいい。
【無上の使い方】
- 第一志望の大学に合格したという結果を受け、今は無上の気分です。
- ケガから退院して自由に動ける生活に、無上の幸せを感じています。
- まさか社長と一対一で話すことができるなんて、無上の光栄です。
補足すると、「無情」は「(人の)感情がない」という意味ですが、場合によってはものに対して使うこともあります。例文だと、「無情の雨」や「無情にもヘリは~」などの文です。この場合は、雨やヘリを人に見立てた一種の比喩表現だと考えればよいでしょう。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「無常」=この世の全てのものは、移り変わっていくこと。
「無情」=情けや思いやりがないこと。いつくしむ心がないこと
「無上」=この上ないこと・最もすぐれていること。
同じ読み方なので、どれも似ていて紛らわしい言葉です。特に「無常」と「無情」は間違えやすいので、違いをしっかりと整理しておきましょう。