「概念」と「観念」は、どちらも現代文などの文章でよく使われている印象です。
「概念をくつがえす」「固定観念が生まれる」。ところが、この2つの意味を難しく感じる人はとても多いようです。
そこで今回は、「概念」と「観念」の意味の違いを、具体例を交え分かりやすく簡単に解説しました。後半では、類義語や英語訳についても触れています。
概念の意味を簡単に
まずは、「概念」の意味からです。
【概念(がいねん)】
①物事の概括的な意味内容。
②形式論理学で、事物の本質をとらえる思考の形式。個々に共通な特徴が抽象によって抽出され、それ以外の性質は捨象されて構成される。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「概念」とは簡単に言うと「大まかな意味や内容」のことです。
例えば、「りんごの概念」であれば、「赤くて丸くて甘い味がするバラ科の果物」のようなだいたいの意味を示したものとなります。
また、「野球の概念」であれば、「9人のチーム同士が、攻撃と守備を繰り返して得点を争う球技 」のような内容を示したものとなります。
このように、物事の大まかな意味や内容を表したものを「概念」と言うのです。
「概念」は辞書の説明だと「概括的な意味内容」と書かれています。「概括的(がいかつてき)」とは「おおまかに全体から見た様子」のことです。
したがって、物事を全体から見ただいたいの意味や内容が「概念」となるのです。
何となく「概念」のイメージが分かったかと思います。ではもう少し「概念」の意味を掘り下げてみましょう。
大まかな意味があるということは、言葉で定義しないと物事として成立しません。
つまり、「概念」は「ある物事がどういうものかを言葉で定義したもの」とも言うことができます。
例えば、私たち人間は、チワワを見てもブルドッグを見ても柴犬を見ても、すぐに「あれは犬だ」と認識できます。
その理由は、犬には「四本足で、毛が生えていて、ワンと吠える生き物」というだいたいの意味があることを知っているからです。
「犬」というおおまかな意味を持った言葉が存在するため、「犬」という概念が存在します。逆に言えば、意味がない言葉には概念は存在しないのです。
例えば、欧米人にとって「ご飯」や「おかゆ」「おこわ」という概念は存在しません。
なぜなら、日本人が「ご飯」「おかゆ」「おこわ」など様々に呼び分ける食べ物のことを彼らは全て「米料理」と呼んでいるからです。
したがって、言語や文化が違う国同士では、「ある物事の概念が存在しない」ということも起こりえるのです。
観念の意味を簡単に
次に、「観念」の意味です。
【観念(かんねん)】
①物事に対してもつ考え。アイディア。
②あきらめて、状況を受け入れること。覚悟すること。
③哲学で、人間が意識の対象についてもつ、主観的な像。表象。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「観念」とは簡単に言うと「物事に対してもつ考え」のことです。
ここで言う「考え」とは「主観的な考え」のことだと思って下さい。「主観的」とは「頭の中で考えた、自分にしか当てはまらないこと」を意味します。
つまり、「自分の頭の中だけで考えている内容」を「観念」と呼ぶわけです。
例えば、「平和」という「観念」であれば、「国と国が戦争をしないこと」「家族がけんかをしないこと」「毎日無事に生活できていること」など人によって定義が異なってきます。
また、「自由」という「観念」であっても「好きな場所に住めていること」「好きな仕事を選べていること」「お金を好きなだけ使えること」など人によって定義が異なります。
このように、個々によって考えている内容が異なるものを「観念」と言うのです。
なお、辞書の説明にも書かれているように、「観念」には3つ意味があります。②の意味の場合は、ドラマや映画のシーンなどで使われます。
例えば、「おまえを追いつめた。さあ、観念しろ。」のような使い方です。しかし、評論文などに出てくるのは①の意味の場合がほとんどだと思って構いません。
概念と観念の違い
ここまでの内容を整理すると、
「概念」=大まかな意味内容。ある物事がどういうものかを言葉で定義したもの。
「観念」=物事に対して持つ考え。頭の中にある主観的な考え。
ということでした。
ここで大事なポイントは、「観念」は主観的という点です。
例えば、同じ「桜の観念」でも
- Aさんにとっては「春のイメージ」
- Bさんにとっては「お花見のイメージ」
- Cさんにとっては「卒業式のイメージ」
と人によって異なってくるのが「観念」です。
一方で、「桜の概念」となると「桜=バラ科の植物であり、ピンク色をした~」のように客観的で辞書に書いてあるような意味となります。
「桜と言えば、卒業式だよ」という意見に対して異議を唱える人は多くいますが、「桜はバラ科の植物だ」という発言に対して、「それは違うよ」と言う人は誰もいないはずです。
つまり、2つの違いは
「概念」=客観的に存在するみんなの共通認識。
「観念」=主観的に頭の中で考えている個人の考え。
となるわけです。
「客観的」とは「主観的」の反対語で「特手の立場にとらわれず、自分以外にも広く当てはまること」を意味します。
「概念」は客観的なものなので、多くの人が納得できるような意味・内容でなければいけません。
一方で、「観念」の場合は主観的なイメージなので、必ずしも多くの人が納得する必要はないのです。
概念と観念の類義語・対義語
続いて、両者の「類義語」と「対義語」を確認していきます。
【概念の類義語】⇒「意味・内容・解釈・大要・概要・全体像・コンセプト」
【概念の対義語】⇒「具現・具象・具体・実体」
「概念」の「類義語」は、物事の全体的な意味や内容を示したものとなります。逆に「対義語」は、具体的な形で表したものや具体的な形を持っているものとなります。
【観念の類義語】⇒「考え・心象・想像・想念・イデア・イメージ」
【観念の対義語】⇒「実在」
「観念」の「類義語」は、頭の中で思い描いているようなイメージを指すものです。
対して、「観念」の「対義語」は「実在」となります。「実在」とは「誰にでも存在が認められるものとして、そこにあること」という意味です。
概念と観念の英語訳
「概念」と「観念」は、英語だとそれぞれ次のように言います。
「概念」⇒「concept」
「観念」⇒「idea」
「概念」の方は「consept」、すなわち「コンセプト」と訳します。日本語でも「企画のコンセプトを発表する」などのようにビジネスシーンでよく使われています。
対して、「観念」は「アイディア」と訳します。「アイディア」も日本語では、頭の中で考えていることを捻りだすような時に使います。
ただ、こちらは「観念」と訳すよりは「考え・案」といった意味で使われることが多いです。
例文だと、それぞれ次のような言い方です。
He explained the concept of good.(彼は善の概念を説明した。)
She was fixed on that idea.(彼女はその観念にとらわれていた。)
概念と観念の使い方・例文
最後に、それぞれの使い方を実際の例文で紹介しておきます。
【概念の使い方】
- 彼はビジネスという概念をくつがえした手法で、会社を再建させた。
- 今まで行ってきた経緯を、概念図としてまとめるつもりです。
- 既成概念にとらわれず、頭を柔軟にしていくことが重要である。
- 概念としての犬は、それぞれの犬ではなく、犬という集合体に対して存在する。
- 近代国家以前の国には、領土という排他的な概念がなかった。
【観念の使い方】
- 「時間の観念」と言っても、大多数に共通するわけではない。
- 現実を無視して観念的な考えばかりをするのは良くない。
- 結婚すれば必ず幸せになれるという固定観念を捨てる。
- このドラマは、観念的で非常に分かりにくいと感じた。
- 何とか粘っていたが、ようやく相手が観念したようだ。
補足すると、「概念図」とは「物事の内容や関連性を図に表したもの」です。
また、「既成概念」とは「大多数の人の間で、すでに共有されているような内容・考え方」という意味です。
主に「既成概念にとらわれない(常識に支配されない)」といった使い方をすることが多いです。
なお、「固定概念」という使い方は誤りなので注意して下さい。正しくは「固定観念」と言います。
「固定概念」⇒「×」「固定観念」⇒「〇」
これはよく間違われる人が多いですが、そもそも「概念」は意味や内容が固定された言葉です。「観念」のように個人の考えによって意味が変わったりはしません。
そのため、「元々固定されたもの」に対してさらに「固定」を付け足すのは、二重表現となり日本語としておかしいということです。
また、「観念的」という言い方も注意が必要です。「観念」は「観念的」という表現になると「現実離れしていて具体性を欠く」という否定的な意味になります。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「概念」=大まかな意味内容。ある物事がどういうものかを言葉で定義したもの。
「観念」=物事に対して持つ考え。頭の中にある主観的な考え。
「違い」=「概念」は皆の共通認識なのに対し、「観念」は人によって異なる。
どちらも普段の文章でよく使われる言葉です。これを機にぜひ正しい意味を理解して頂ければと思います。