「軌を一にする」という慣用句をご存知でしょうか?
見慣れない言葉かもしれませんが、ビジネスや政治ニュースなどではよく使われているものです。ただ、誤用が多い表現としても知られています。
そこで本記事では、「軌を一にする」の意味や使い方、語源、類語などを詳しく解説しました。
軌を一にするの意味・読み方
最初に、この言葉を辞書で引いてみます。
【軌を一にする(きをいつにする)】
①《韓愈「秋懐詩」其一から》車の通った跡を同じくするように、立場や方向を同じくする。「考え方が―◦する」→揆(き)を一にする
②《「北史」崔鴻伝から。両輪の幅を同一にする意》国家が統一される。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「軌を一にする」は「きをいつにする」と読みます。「一」の部分は「ひとつ」や「いち」とは読まないので注意してください。
「✕」⇒「きをひとつにする」「きをいちにする」
「〇」⇒「きをいつにする」
意味は二つあり、一つ目は「考え方や立場、方向性などを同じにすること」です。
例えば、ビジネスでは社長の方針に対して社員が方向性を合わせるようなことがよくあります。つまり、考え方を統一し、社長と同じ方向性に向かうということです。このような場面では、「社長の方針に軌を一にする」などと言うことができます。
他には、政治家が他の議員と同じ立場になり、考え方を同じにしていくことなども「軌を一にする」と言えます。
そして二つ目は「国家が統一される」という意味です。
この意味の場合は、分裂されている国が一つに統一されるような時に使います。例えば、秦の始皇帝は過去に中国全土を統一して秦という国を成立させました。そのため、「秦は軌を一にした」などと言うことができます。
以上、二つの意味を紹介しましたが、一般的には一つ目の意味で使われることの方が多いです。後者の方の用例は、現在ではそこまで多くありません。
軌を一にするの語源・由来
「軌を一にする」の「軌」は、「軌道」や「軌跡」などの熟語と同じ漢字です。すなわち、「軌」には「車などの車輪がついた乗り物が、通った跡」という意味があります。
この事から、「軌を一つにする」は「車が通った跡の形を一つにする様子」を表すのが分かるかと思います。転じて、現在の「考え方や方向性を一つにする」という意味に派生していったわけです。
なお、「軌を一にする」は『北史(ほくし)』という中国北朝自体の歴史を記した書物が由来です。
『北史』の崔鴻伝(さいこうでん)の中で、「両輪の幅を同一にする」という一文があります。この一文が転じて、「国家や社会制度を統一する」「考え方などを同じにする」という意に転じていったとされています。
軌を一にするの類義語
「軌を一にする」の類義語は次の通りです。
- 同じ考え方にする
- 同じ方向性にする
- 立場を同じくする
- 目的を同じくする
- 目標を同じくする
- 方向性を合わせる
- 天下を統一する
- 足並みをそろえる
- 歩調を合わせる
- 心を合わせる
「軌を一にする」は相手によっては分かりにくい印象を与えてしまう場合もあります。
そのため、必ずしもこの表現を使わなければいけないわけではありません。他にも言い換えられる語は多くあるので、場面によって使い分けるようにして下さい。
この中だと、「同じ考え方にする」「方向性を合わせる」などはほぼ同じ意味の言葉なので、「軌を一にする」の同義語と考えていいです。最後の三つに関しては、一般的な語というよりは慣用句やことわざなどに近い表現となります。
軌を一にするの対義語
逆に、「対義語」としては次の言葉が挙げられます。
- 自主的な
- 主体的な
- 非協力的な
- 孤高を恐れない
- 独立独歩
- 分裂する
- 分断する
- 分割する
「反対語」の場合は「相手の考え方に合わせない」「自分だけの考えによって」などの意味を持つ言葉となります。特定の誰かの立場に寄り添うのではなく、あくまで自分自身の考えで行動していくようなイメージです。
その他、「統一する」の逆の意味を表す「分裂する」なども反対語に含まれます。
軌を一にするの誤用表現
「軌を一にする」は、誤用しやすい表現でもあるので注意が必要です。以下は、似たような読み方の誤用となります。
- 「×」⇒機を一にする
- 「×」⇒気を一にする
- 「×」⇒期を一にする
おそらくですが、それぞれ「時機(タイミング)を一つにする」「気持ちを一つにする」「時期(期間)を一つにする」という意味で使っているのだと思われます。
ただ、いずれもこのような表現は存在しないので注意してください。
なお、以下の表現は実際に存在する慣用句です。
「機を逸する(きをいっする)」⇒良い機会を失うこと。
「揆を一にする(きをいつにする)」⇒同じやり方にすること。
前者は、大事な場面でチャンスを逃すことを表します。意味と漢字は異なりますが、読み方が非常に似ているため混同しないようにする必要があります。
また、後者は「軌を一にする」の「軌」を「揆」にしたものです。こちらは漢字自体は異なりますが、意味は「軌を一にする」と同じだと考えて問題ありません。
軌を一にするの英語訳
「軌を一にする」は、英語だと次のように言います。
①「do the same with~」(~と同じ方法をとる)
②「in line with~」「~と一致して・合致して」
①は直訳すると「~と同じことをする」という意味です。「~」の部分には「him」や「her」など相手を表す名詞が来ます。また、②は「~と一致する」という意味の熟語です。「line」には「一列に並べる」という意味があるため上記のような意味となります。
例文だと、それぞれ以下のような言い方です。
I’m going to do the same with her.(私は彼女と同じ方法をとるつもりです。)
His proposal is in line with my thoughts.(彼の提案は私の考えと軌を一にするものがある。)
軌を一にするの使い方・例文
最後に、「軌を一にする」の使い方を例文で紹介しておきます。
- A党の議員たちと軌を一にすることができれば、今回の法案は通ると思います。
- 部長が提案している内容と軌を一にすることで、仕事を進めていく予定です。
- 自動運転やドローンの開発は、AIの発達と軌を一にしていることが分かる。
- 弊社がここまで大きくなれたのは、社員一人一人が軌を一にすることができたからです。
- 国民の収入が下がることと幸福度が下がることは軌を一にするという見方が一般的だ。
- ベルリンの壁が崩壊したのは、東西ドイツがお互いに軌を一にすることを掲げたためである。
「軌を一にする」という慣用句は、政治経済、歴史、ビジネスなどに関連して使われることが多いです。特に政治や経済などを扱った堅い文章にはよく登場します。
逆に言えば、一般的な内容を扱った文章にはほとんど登場しないということです。そのため、普段の文章では、「同じ考えにする」「同じ方向性にする」など別の言い方で表現することをおすすめします。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「軌を一(いつ)にする」=考え方や立場、方向性などを同じにする。国家が統一される。
「語源・由来」=車が通った跡の形を一つにする様子から。『北史』の崔鴻伝。
「類義語」=「同じ考え方にする・同じ方向性にする・立場を同じくする・目的を同じくする・天下を統一する」など。
「対義語」=「自主的な・主体的な・非協力的な・分裂する・分断する」など。
「英語訳」=「do the same with~」「in line with~」「~と一致して・合致して」
「軌を一にする」の「軌」は、「車の通った軌跡」という意味です。この「軌跡」を同じ形にすることから「考えや方向性を統一する」という意味になると覚えておきましょう。