『多数決を疑う』は、坂井豊貴による評論文です。教科書・論理国語にも採用されています。
ただ、本文を読むと筆者の主張が分かりにくいと感じる箇所も多いです。そこで今回は、『多数決を疑う』のあらすじや要約、意味調べなどを解説しました。
『多数決を疑う』のあらすじ
本文は、五つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
①自分のことは自分で自由に決めたい。そう考えた結果の決定とは、選択肢を一つに絞り込み、他の可能性をすべて捨てることである。それは自らを身動きの取れない状況に置くという、拘束的な行為である。であれば、自由の一つの特徴は、拘束する者とされる者との一致にほかならない。自分のことを自分で決めさせろという希求は、自分のことは自分で決められるはずだという期待に基づいている。この期待はそれが自分に可能だという、希望の発露の一種である。こうした意思を「自分」ではなく「自分たち」に適用したのが民主制の思考の基盤であり、それを古代ギリシア人はデーモクラティアと呼んだ。
②だが、自分だけではなく、自分たちの決定を行うためには、異なる多数の意思を一つに集約しなければならない。そこで、多数決がよく使われる。意思集約によく使われる多数決は「票の割れ」に弱く、多数派に有利そうだが、必ずしもそうではない。また、少数意見を汲み取る方式でもない。この違和感を論理立てて、科学的に分析すれば、より優れた意思集約の方法が作れるはずである。
③多数決を含むあらゆる意思集約の方式は、多を一に結び付ける関数として数学的に表すことができる。多数決の代替案として、順位に等差のポイントを付け加点していくボルダルールという方法がある。一位に三点、二位に二点、三位に一点というように、順位に等差のポイントを付け加点していくやり方だ。「票の割れ問題」に強いこうした学知の集積は、社会的選択理論という社会科学の一分野を形成している。
④投票でどの方式を用いるかは、民主制の出来具合を左右する重大要素である。だが、多数決では「一番」が広い層の支持を受けたものとは限らず、二番や三番など他への意思表明は一切できない。その結果、選挙は人々の利害対立をあおり、社会の分断を招く機会として働く。これは、多数決を自明視する固定観念が悪い。
⑤多数決はどうあるべきか、いつ、何を対象として、何のために使われるべきものなのか。これらの「べき」論は、趣味や嗜好ではなく、論拠や証拠に基づく説明書きが必要である。社会制度は天や自然から与えられるものではなく、人間が作るものだ。それは、最初から不自然なもので、情念より理性を優先して設計にあたらねばならない。伝統や宗教による支配を避けたいならば、自分たちのことを自分で決めたいならば、自分たちで決めることが可能な社会制度を作り上げねばならない。
『多数決を疑う』の要約&本文解説
この文章の筆者は、「多数決は本当に公平で妥当な方法なのか?」という問いを通じて、民主主義のあり方を深く考察しています。
私たちはしばしば、「自分のことは自分で決めたい」と考えます。しかし、決めるということは、他の選択肢を捨てて一つを選ぶことでもあります。それは、一見自由な行為のようであって「自分で自分を縛る」行為でもあります。それでも、人は自分の意思で物事を決めるからこそ、真に「自由」だと言えます。
そしてこの「自由に決める」という考えを「自分たち」に広げたのが、民主制です。社会では、みんなの意見を一つにまとめる必要があります。そこでよく使われるのが「多数決」です。
しかし、多数決は単純な方法である反面、「本当に多くの人が納得する結果になるのか?」という問題があります。たとえば、三つの候補の内、一つに票が集中せずにばらけた場合、1位の候補が30%ほどの支持しか得ていなくても勝ってしまうことがあります。これが「票の割れ」と呼ばれる問題です。
筆者は、こうした問題点を解決する方法として「ボルダルール」という投票法を紹介しています。これは、順位ごとにポイントをつけて集計する方法で、1位だけでなく2位や3位の意見も反映されるため、より多くの人の意向をくみ取りやすくなります。こういった方法は、「社会的選択理論」という学問の分野で研究されています。
また、筆者は多数決という仕組みが社会に与える影響についても注意を促しています。勝者がすべてを手にするような選挙制度では、対立が深まり、社会の分断を招きかねません。
そのため、「どのように決めるか」というルールそのものを、感情ではなく理性や論理に基づいて考え直すことが求められます。このように、筆者は、多数決を絶対的に正しいものとせず、もっと良い仕組みを科学的・論理的に考え直すべきだと訴えているのです。
『多数決を疑う』の意味調べノート
【熟慮(じゅくりょ)】⇒十分に考えをめぐらせること。
【拘束(こうそく)】⇒自由を制限して行動をしばること。
【発露(はつろ)】⇒内にある考えや感情が外に現れること。
【デモクラシー】⇒民主主義。国民が政治に参加する政治形態。
【基盤(きばん)】⇒物事の土台や基本となるもの。
【理念(りねん)】⇒理想とする考え方や信念。
【包括的(ほうかつてき)】⇒すべてをまとめて含んでいるさま。
【泡沫候補(ほうまつこうほ)】⇒当選の見込みがほとんどない候補者。
【漁夫の利(ぎょふのり)】⇒他者の争いの隙に、第三者が利益を得ること。
【俎上に載せる(そじょうにのせる)】⇒議論や検討の対象とすること。
【違和感(いわかん)】⇒しっくりこない感じ。不自然さ。
【主観的(しゅかんてき)】⇒自分の感じ方や考えに基づいているさま。
【客観的(きゃっかんてき)】⇒第三者の立場から物事を見るさま。
【代替案(だいたいあん)】⇒他の案に代わる選択肢。
【抑圧(よくあつ)】⇒力で自由な行動や感情をおさえつけること。
【有権者(ゆうけんしゃ)】⇒選挙で投票する権利を持つ人。
【自明視(じめいし)】⇒当然のこととして疑わずに受け入れること。
【固定観念(こていかんねん)】⇒強くしみついて変わらない考え。
【棄却(ききゃく)】⇒必要ないとして捨てること。
【理性(りせい)】⇒感情に流されず、道理に従って考える力。
【服従(ふくじゅう)】⇒相手の命令や意志に従うこと。
『多数決を疑う』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①平和をキキュウする。
②コウホとして名前が挙がった。
③ダイタイ案を提示して話し合う。
④彼の意見をシジする人が多い。
⑤こちらの要望がキキャクされた。
次のうち、本文の内容を最も適切に表しているものを一つ選びなさい。
(ア)自分のことは自由に決められるべきであり、他者からの拘束は完全に排除すべきである。
(イ)多数決は完璧な制度であり、あらゆる意思集約の方法に優先されるべきである。
(ウ)民主制には理性的な制度設計が求められ、多数決の限界を論理的に見直す必要がある。
(エ)社会制度は伝統や宗教の価値に基づいて設計されるのが理想である。
まとめ
今回は、『多数決を疑う』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。