「食事をとる」と書く場合、「取る」と「摂る」の二つの表記の仕方があります。
ただ、この場合にどちらの漢字を使えば正しいのかという問題が生じます。
そこで本記事では、食事を「取る」と「摂る」の違いや使い分けを詳しく解説しました。
食事を取るの意味・使い方
まず、「取る」には「自分のものにする・物理的に手でつかむ」などの意味があります。
【例文】
- 天下を取ることを目指す。
- オリンピックで金メダルを取る。
- 木に止まっているセミを取る。
「取」という字は「捕獲した動物や捕虜を数えるために、その耳を切ること」を表す会意文字です。
この耳をしっかりと手に持つ様子から、「自分のものにする」「手に入れる」「手でつかむ」などの意味に派生していったと言われています。
「取」は音読みだと「シュ」とも読めますが、「シュ」に当たる中国語としての「取」は、「手の筋肉を引き締めて物を離さない」という意味が含まれています。
現在、「取」という字が含まれた熟語は例外なくこれらの意味が含まれています。
「取得・取引・取材・取分・取捨・奪取・詐取」など。
これらの字義から考えますと、「食事を取る」とは「食べ物を自分のものにする・食べ物を手でつかむ」という意味になることが分かります。
「食事」には「食べること」という意味以外に、「食べ物」という意味もあります。
【食事(しょくじ)】
⇒栄養をとるために、習慣的に毎日何度か物を食べること。また、その食べ物。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
よって、「食べ物を手に入れる・自分のものにする」という意味で「食事を取る」と表記するわけです。
イメージとしては、食べ物自体を手や箸で掴むことにより物理的に離さないようにすることだと考えればよいでしょう。
食事を摂るの意味・使い方
次に、「摂る」についてです。「摂る」には「取り込む・色々と合わせ取り入れる」などの意味があります。
【例文】
- のどが渇いたので水分を摂る。
- 積極的に野菜を摂るようにする。
- ビタミンCのサプリメントを摂る。
「摂」という字は「扌(手)+聶」から成る会意兼形成文字で、「5本の指のある手」と「3つの耳」を本来表します。
この事から「削ぎ取った3つの耳を手でそろえる」ということで、「色々と合わせ取り入れること」を表す漢字になったと言われています。
現在、「摂」が使われている熟語も同じような意味を含んだものです。
「摂取・摂生・摂食・包摂・摂理・接受」など。
よって、「食事を摂る」とは「食事を(体内に)取り入れる・色々と合わせ取り入れる」という意味になることが分かります。
先ほども説明したように「食事」というのは「食べ物」を指しますが、この食べ物は単一のモノを指すわけではありません。肉や魚、お米、野菜など色々な種類の食べ物があります。
これらの多種多様な食べ物を「体の中に直接取り入れる」という意味で、「食事を摂る」と表記するわけです。
「摂る」の方は「取る」と比べて、物理的に何かを手で掴んだりする行為を指すわけではありません。「摂る」は、「取り入れる」という言わば「移動の過程」を表した言葉です。
そのため、口の中から胃の中に食べ物が移動する過程を表す「食事を摂る」という表記をすることになります。
食事を「取る」か「摂る」か
以上の事から考えますと、「食事を取る」と「食事を摂る」はどちらも間違いではないということになります。
前者は、「食べ物を手に入れる」という物理的にモノを離さない行為を表した表記です。対して、後者は「食べ物を体の中に取り入れる」という一連の過程を表した表記です。
両方とも表現の仕方は異なりますが、実際に言っている内容には大きな差はありません。よって、どちらも間違いではないのです。
その証拠に、日本語のあらゆる使い方を示した『実用日本語表現辞典』では両者の併記を認めています。
【食事をとる】
⇒食事をすること。食べ物を摂取する。「食事を取る」「食事を摂る」とも表記する。
出典:実用日本語表現辞典
ただ、一般には「食事を取る」よりも「食事を摂る」の方が使われる傾向にあります。
これは「食べ物」という対象を、単に手に入れるものではなく、「栄養を摂る対象」と考えている人が多いからだと思われます。
「摂る」の方は「摂食」という言葉もあるように、食べ物とも深く関わっている漢字です。
また、昨今では健康志向の人が多い世の中ですので、「栄養をしっかりと摂取する」という意味も込めて「摂る」の方が好まれているということでしょう。
その他には、例えば、病院で栄養を考えて指示された食事を体力回復のために食べるようなケースだと「摂る」が使われることが多いです。
一方で、「食事を取る」という表記も現在ではされていますが、「取る」だと「自分のものにする」という意味なので、「様々な栄養を体の中に取り込む」という意味までは含まれません。
そのため、現在では「摂る」の方が優先的に使用されているというのが実情なのです。
もしもこれらの使い分けに迷った場合は、「食事を取る」ではなく「食事をする」という別の言い方にする方法もあります。
「食事」というのは「食べる事」という意味もあるので、「食べる事をする」という言い方は何らおかしな表現ではありません。
これは「スポーツをする」「仕事をする」などが、文法的に問題ない言い方なのと同じ理由です。
公用文・公文書での使い分け
公用文及び公文書の中で用いる場合は、「食事を取る」と表記するのが原則です。
この場合は「食事を摂る」と表記することはしません。なぜなら、「摂る」という言葉自体が常用漢字には含まれていないからです。
「常用漢字」とは「一般の社会生活における漢字の使用目安を国が示したもの」です。
現在の常用漢字表において「とる」という訓が掲げられているのは、「取る」「採る」「撮る」「執る」「撮る」の5つのみです。
「摂」には「とる」という訓はなく、「セツ」という音しか掲げられていません。
よって、常用漢字表の範囲内で書くとすれば、「取る」と表記するか、もしくは平仮名で「とる」と表記することになるわけです。
他には、「摂る」以外だと「録る」「獲る」「穫る」「盗る」なども常用漢字外なため、これらの表記も基本的に不可ということになります。
ただ、常用漢字は今後変わっていく場合もあるので、将来的に「摂る」が常用漢字の中に含まれる可能性もゼロではありません。その場合は、「摂る」を書いても問題ないことになります。
なお、今回紹介した「食事」以外の似たような対象もすべて同様の使い分けになると考えて下さい。
【例】⇒「朝食をとる 昼食をとる 夕食を取る 間食をとる」など。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「食事を取る」=食べ物を自分のものにする・食べ物を手や箸でつかむ。
「食事を摂る」=食事を(体内に)取り入れる・色々と合わせ取り入れる。
「違い」=「取る」は常用漢字に含まれるが、「摂る」は常用漢字に含まれない。
「使い分け」=一般には「食事を摂る」と書くことが多いが、公文書・公用文などは「食事を取る」と書く。
私たちが一般に使う際には、どちらも使うことができます。ただ、市役所の広報のような公的な文書に関しては「摂る」を使うことはできません。この場合は、常用漢字に従い「取る」と表記するようにして下さい。