「多文化主義」という言葉は、文化や歴史をテーマとした評論文によく出てきます。
特に文化系の学部の入試にはよく出題されているようです。ただ、同時に意味が分かりにくいと感じる人も多いと思われます。
そこで今回はこの「多文化主義」について、メリットやデメリット、問題点などを含め簡単にわかりやすく解説しました。
多文化主義の意味
まず、「多文化主義」を辞書で引くと次のように書かれています。
【多文化主義(たぶんかしゅぎ)】
⇒一つの国家ないし社会の中に、複数の異なる人種・民族・集団のもつ文化の共存を認め、そのための方策を積極的にすすめる考え方。
出典:三省堂 大辞林
「多文化主義」とは「一つの国家や社会の中で、異なる文化の共存を積極的に進めようとする考え方」のことです。
簡単に言うと、「一つの国で色んな文化を認めよう」という考え方です。
例えば、世の中には「少数民族は支配的民族に同化すべきである」という考え方もあります。
しかし、このような考え方だと、支配的民族の文化だけが残され、少数民族の文化はなくなってしまいます。
こうした問題の民主的な解決策として出されたのが、「多文化主義」という考え方です。
「多文化主義」では、自国内で複数の文化を共存させ、お互いを認め合おうとします。そして、「世界には多彩な文化があってよい」と考えます。
一つの国家や社会の中で様々な人種や民族がいるからこそ、それぞれが独自性を保ち、互いの文化を尊重し合って共存できていると考えるのです。
逆に言えば、「多文化主義」は一つの強大な文化への統合や一本化を否定する考えでもあります。
多文化主義の具体例
「多文化主義」という考え方は、1970年以降のカナダやオーストラリアで誕生したと言われています。
今ではどちらの国も、一つの国家として独立しています。ところが、昔はイギリスに支配されていたという歴史があります。
そのため、カナダやオーストラリアなどの国では、現在でも原住民や白人の子孫など複数の民族・言語・文化が入り混じっているのです。
このような国では、お互いの文化を共存する政策を行っています。それは、「学校教育で複数の言語を教える」といったことです。
普通の国であれば、母国語を中心に言語を学びます。日本で言えば、義務教育で教えるのはせいぜい「日本語」と「英語」くらいです。
しかし、「多文化主義」の国では、複数の言語を文化として持っているので、多種多様な言語を子供に教えているのです。
また、「EU(欧州連合)」という組織があります。
「EU」は、1993年に欧州連合条約の発効により創設されたもので、スペイン・フランス・ドイツ・イタリア・スイスなどヨーロッパのおよそ27か国ほどの国が加盟しています。
これらの国では、「ユーロ」という共通通貨により経済を統一し、お互いの国をパスポートなしで移動できるようにしています。
しかし、通貨(経済)は統一しても文化に関しては多様性を認めているのです。
例えば、「スイス」という国はドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンス語の4つの言語を公用語としています。
すなわち、「国内で公用語を複数持つ」といったことをしているのです。日本のように日本語一つに統一しているわけでありません。
これは「言語」という文化に多様性を認め、お互いの文化が共存することを良しとしているからだと言えます。
多文化主義のメリット・長所
「多文化主義」には、どんなメリットがあるでしょうか?大まかに2つに分けて解説したいと思います。
1つ目は、「文化の対等性」です。
「多文化主義」が生まれる前は、「文化」には対等性がありませんでした。
わかりやすい例として、ヨーロッパの国々が行った「植民地主義政策」が挙げられます。
「植民地主義」とは「他国の領土を次々と支配していこうとする考え方」のことです。
実際に植民地主義により、15世紀~20世紀頃のアジアやアフリカは、多くの土地を支配されてしまいました。
当時の主流としては、「少数民族は植民地主義により同化すべきである」という考え方だったのです。
しかし、この考え方だと少数民族の文化は全く尊重されていないことになります。こうした流れで出てきた考えが、「多文化主義」だったのです。
「多文化主義」は、文化の価値を平等視します。そのため、「全ての文化を対等にみなす」というメリットがあるのです。
2つ目は、「文化の多様性」です。
「多文化主義」は、一つの国に様々な文化が共存しています。言いかえれば、「それぞれの文化の恩恵を受けられる」ということです。
身近な例で言うと、「食文化」が挙げられるでしょう。
私たちの身の回りには、さまざまな食文化があります。
- ハンバーグやステーキなどの「肉料理」
- ラーメンやチャーハンなどの「中華料理」
- ピザやパスタなどの「イタリア料理」
どれも元々日本にはなかった食文化です。最近では、日本の寿司料理なども海外で好まれているようです。
もしも、これらの食文化がなければ、毎日の生活は味気ないものとなってしまうでしょう。
つまり、「多文化主義」があるからこそ、現在の私たちの文化が成り立っているとも言えるのです。
これは何も「食」に限らず、その他の文化に関しても当てはまります。
例えば、「音楽」「衣服」「スポーツ」「テクノロジー」など様々な文化に対して各国はお互いの文化を認め合いながら、恩恵を受けているのです。
多文化主義のデメリット・問題点
一方で、「多文化主義」にも「デメリット」すなわち「問題点」はあります。
1つ目は、「価値観の強制」です。この問題点は、「文化相対主義」の内容とも似ています。
「多文化主義」は、個々の文化の価値を平等視する考えでした。「価値を平等に考える」ということは、逆に言えば「自分の文化を相手に認めてもらう」ということです。
例えば、一つの民族の間に、「いけにえ」の文化があったとしましょう。「いけにえ」とは「生きた動物を殺して神様に捧げる儀式」のことです。
とても残虐な風習ですが、「多文化主義」の考えだとこのような風習も認めなくてはいけません。なぜなら、一つの国や社会の内部に複数の文化を共存させるのが「多文化主義」だからです。
もしも自国内に「いけにえ」を美化する移民が入ってきたら、その考えを共有しないといけないのです。
2つ目は、「価値観の衝突」です。
「文化を共存させる」ということは、リスクをともなう場合があります。
例えば、「キリスト教」と「ユダヤ教」は、比較的価値観が近い宗教だと言えます。
その理由は、違う宗教に見えても元は同じ一つの神様を信じている宗教だからです。
一方で、「キリスト教」と「仏教」は全く正反対の考え方です。
「キリスト教」は「世界に神様は一人しかいない」という考えですが、「仏教」は「すべてのモノに神様が宿る」という考えです。
もしも、それぞれの宗教を信じる人が、一緒に生活することになったらどうでしょうか?当然、うまくいくイメージがわきませんよね。
最近の例だと、ヨーロッパでは多くの人種を労働者として受け入れました。
その結果、イスラム教徒の人達が多数移住し、国内にもう一つの国があるような状態になってしまったのです。
当然、考えが違う人同士が集まれば、紛争などは起きやすくなります。
このように、「多文化主義」にはお互いの文化同士を衝突させる可能性があるのです。
多文化主義の使い方・例文
最後に、「多文化主義」の使い方を実際の例文で紹介しておきます。
- 多文化主義政策の下、現在のカナダには200を超える民族が生活している。
- 多文化主義という考え方は、カナダやオーストラリアでも政策として反映されている。
- オーストラリアでは、カナダと同様に多くの多文化主義政策が実施されている。
- 多文化主義では、複数の文化があっても個々が対等で共存することが認められている。
- 多文化主義には、「自文化の価値観を正当化する論理に転じる」という危険性もある。
- アメリカでは多文化主義を採用していないが、一部の州では英語とスペイン語の2言語を採用している。
「多文化主義」という言葉は、「文化論」をテーマとした文章に登場します。
入試現代文の「文化論」ではまず、近代文化について批判をしながら具体的な話を展開していきます。
例えば、「国民国家」などは人為的に作られたものなので、その一元性を保つために異質なものを排除するものであったという内容です。
その後の展開としては、現代では国内を一元化する国民国家政策は見直され、多文化主義的な文化を維持すべきという考えになってきた。というものが多いです。
ただし、前述したように「多文化主義」には問題点は当然あります。近年の文章ではそういったデメリットに関しても再検討すべきであると主張するものも多いです。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「多文化主義」=一つの国家や社会の中で、異なる文化の共存を積極的に進めようとする考え方。
「具体例」=「学校教育で複数の言語を教える」「国内で公用語を複数持つ」など。
「メリット」=文化の対等性や多様性を享受することができる。
「問題点」=価値観の強制・衝突などが起こってしまう可能性がある。
「多文化主義」には、良い面と悪い面の両方があります。「どちらが良いか?」という疑問には正解がありません。筆者がどのような主張をしているかは話の内容や文脈などによって判断するようにしましょう。