役に立つ一方で危険が伴うことを「諸刃の剣」あるいは「両派の剣」と言います。
ただ、この場合どちらを使うのが正しいのかという問題があります。両者は同じ意味の語として扱ってもよいのでしょうか?
今回は、「諸刃の剣」と「両派の剣」の違いや語源、読み方などを含め詳しく解説しました。
「諸刃の剣」の意味・読み方
まず、「諸刃の剣」の方を辞書で引くと次のように書かれています。
【諸刃の剣(もろはのつるぎ)】
⇒《両辺に刃のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、自分をも傷つける恐れのあることから》一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもののたとえ。両刃の剣。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「諸刃の剣」は「もろはのつるぎ」と読みます。
意味は、「一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもの」です。
多くの辞書では、「諸刃の剣」の中に補足的に「両刃の剣」と記しています。
そして、「もろはのつるぎ」の「もろは」を小見出しとして掲げ、以下のように定義してるものが多いです。
「もろは」=「両方に刃(は)のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、まず自分を傷つけることから。」
元々、「もろは」の「もろ」は「めいめいの、左右の、二つの」などの意味を表す接頭語でした。
現在でも「もろ手」「もろ肌」「もろ矢」などの言葉がありますが、これはその時の語源によるものです。
さらに言うと、「もろは」は古くは『万葉集』にも載っています。以下、実際の引用部分です。
釼刀諸刃(つるぎたちもろは)の利きに足踏みて死なば死ぬとも君に依りなむ。
出典:万葉集・巻十一・二四九八
このように、非常に古くからある言葉が「諸刃」ということです。
「両刃の剣」の意味・読み方
次に、「両刃の剣」の方も辞書で引いてみます。
【両刃の剣(りょうばのつるぎ)】
⇒「諸刃 (もろは)の剣 (つるぎ)」に同じ。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「両刃の剣」は「りょうばのつるぎ」と読みます。「りょうはのつるぎ」とは読まないで注意してください。
そして、意味ですがだいたいの辞書では「諸刃の剣と同じ、諸刃の剣と一緒」などと記述しているものが多いです。
その他、実用日本語表現辞典だと、「相手に打撃を与えることができるが、自分にもそれなりの損害が及ぶ恐れがあること」などとも記されています。
いずれにせよ、「両刃の剣」の方は辞書には補足的に書かれているものが多いです。
実は、「両刃」という言葉の語源(由来)は、「諸刃」ほど古いものではありません。
その証拠に、『和英語林集成』には「MORO-HA モロハ n.Two edged:-no katana,a two-edged sword」とありますが、「リョウバ」の記述はありません。
また、『言海(明治22)』や『日本大辞典(明治26)』、『大言海(昭和7)』にも「もろば」はありますが「りょうば」はないです。
「りょうば」という言葉が出てきたのは、明治後半に入っての『ことばの泉(明治31)』と大正に入ってからの『言泉(大正10年)』です。
この2つには、「もろば」と「りょうば」の両方が記述されています。つまり、「りょうば」の方は「もろば」よりも比較的新しく登場した言葉ということです。
「諸刃の剣」と「両刃の剣」の違い
以上の事から考えますと、「諸刃の剣」の方が本来の言い方であるという結論が出せます。
元々、「両刃」という言葉は中国由来の漢語だと、「両刃(りょうじん)」という読み方をされていました。
「りょうば」というのは、これを俗読みにしたものか、あるいは近年になって新しく作られた語だと言われています。
しかし、「諸刃の剣」の方が絶対的に正しく、「両刃の剣」は全く使われていないのかというと、必ずしもそういうわけではありません。
例えば、『学研国語大辞典』には、「諸刃の剣」の例として以下のようなものを挙げています。
かつて原水爆が発明されたとき『科学は双刃の剣』と言われた。しかし、この双刃の剣は、簡単に言えば戦争にならなければ、悪用をされずにすむ
出典:毎日新聞(昭和46・3・25)
また、「両刃の剣」の例では次のようにも書かれています。
(宇宙開発ト原子力開発ハ)いずれも典型的な両刃の剣であり、その開発をおこなう人間の心ひとつで、平和にも軍事にも利用できる
出典:朝日新聞(昭和43・4・29)
実際の辞典などを見ても、現行のものは何らかの形で両方の言い方を認めているものも多いです。
ゆえに、「両刃の剣」の方の使用を排除したり否定したりすることはできないのです。
しかし、どちらを使うか?と問われればやはり「諸刃の剣」を使うのが無難ということになります。
なお、新聞やテレビなどの放送業界では、両者を次のように定めているようです。
もろは(双刃・諸刃・両刃)→もろ刃
りょうば→両刃
出典:『新聞用語集(日本新聞協会 昭和56)』
りょうば→両刃(の剣)
出典:『記事スタイルブック(時事通信社 昭和56)』
常用漢字表には「両」の訓に「もろ」はないので、「両刃」と書いてあれば必ず「りょうば」と読みます。
ただ、「もろ」の方は複数の漢字が存在するため、混乱を避けるために平仮名の「もろ」で統一しているようです。
そのため、読み書きの世界であるメディアでは、「諸刃の剣」を「もろ刃の剣」と書くように推奨していることになります。
「諸刃の剣」と「両派の剣」の使い方・例文
最後に、それぞれの使い方を実際の例文で紹介しておきます。
【諸刃の剣の使い方】
- 原子力発電所は有用だが、人間にとって諸刃の剣のような怖さもある。
- SNSは便利なツールだが、諸刃の剣のような一面もあるので使う際は注意が必要だ。
- この薬は効き目が強いので、当然副作用もある。諸刃の剣と言えるかもしれない。
- 諸刃の剣のように、多少のリスクを冒しててでも勝負をしないといけない時はある。
- あいつは味方ではあるが、どんな発言をするか分からない怖さもある。諸刃の剣のような存在だ。
【両刃の剣の使い方】
- 科学技術は両刃の剣の性質を持つものなので、一概に善であるとは言えない。
- AIの進歩は確かに目覚ましいが、それが両刃の剣である可能性もある。
- 強力な殺虫剤を使うことは虫には効くが人間にも被害が出る。両刃の剣と言えるだろう。
- 彼は両刃の剣のような存在なので注意が必要だ。私たちを裏切ることも想定しておくべきだ。
- 自由であるということは同時に責任が課せられることでもある。一種の両刃の剣のようなものだ。
実際に使う際には意味に違いはないため、どちらも似たような使い方をすることができます。メリットとデメリットが同程度のものを表す時に使うと分かりやすいでしょう。
例えば、「非常に役に立つ一方で、同じくらい大きな危険性も持つもの」といったもの。あるいは、「相手に打撃を与えても、それと同じくらい自分も打撃を受ける可能性がある」といったものです。
なお、「諸刃の剣」の類義語としては「ハイリスク・ハイリターン」が挙げられます。逆に「対義語」としては、「ローリスク・ローリターン」が挙げられます。
本記事のまとめ
以上、今回の内容のまとめです。
「諸刃の剣/両刃の剣」=一方では非常に役に立つが、他方では危険もあるもの。
「違い」=意味自体に違いはないが、元になった漢字の語源は異なる。
「使い分け」=「諸刃の剣」の方が本来の言い方なため、原則としてこちらを使う。
どちらの言葉も使うことが可能です。ただし、一般に使う分には「諸刃の剣」の方が使われています。もしも迷った場合は「諸刃の剣」を使うようにしてください。