「近世」という時代は、中世や近代などと比較して用いられます。この「近世」ですが、具体的にどの時代を指すのか疑問に思う人も多いのではないでしょうか?
そこで本記事では、「近世」とはそもそもいつからいつまでを指しているのかを詳しく解説しました。後半では、「近世」の時代背景、現代文での用例などについても触れています。
近世とはいつからいつまで?
最初に、「近世」の意味を辞書で引いてみます。
【近世(きんせい)】
①現代に近い時代。また、近ごろの世の中。
②歴史の時代区分の一。近代と区別していうときに使う。
㋐日本史では安土桃山時代・江戸時代をさす。
㋑西洋史ではルネサンスから市民革命・産業革命のころまでをさす。
㋒中国史では明 (みん)の末から20世紀初めの辛亥 (しんがい)革命までをさす。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「近世」という時代は、日本と世界によってその定義が異なってきます。
まず「日本」では、「安土桃山時代~江戸時代」のことを指します。
具体的に言いますと、1573年の安土桃山時代の始まりから1868年の江戸時代の終わりまでのことです。
すなわち、この約300年の間を日本では「近世」と呼ぶということです。
ただし、「近世」の定義については諸説あり、例えば1615年の豊臣氏の滅亡を持って「近世」だと主張している学者もいます。
あるいは、安土桃山時代より前の戦国時代も「近世」に含めるべきだとする説も存在します。
この辺りは学者の見解によっても分かれていますが、一般的には「安土桃山時代~江戸時代」を指すと考えて下さい。
では、世界ではどうかと言いますと、「西洋」だと「ルネサンス~市民革命・産業革命まで」を指します。
西暦で言うと、16世紀頃~18世紀後半・19世紀初頭くらいまでの期間です。
西洋の場合は、日本ほど時代区分がはっきりしているわけではありません。
西洋の時代区分も学者によって意見が分かれており、17世紀~18世紀頃の絶対主義、重商主義の展開した時代までを「近世」だと主張している学者もいます。
また、「中国史」だと、「明 の末(1640年頃)~辛亥 革命(1911年)まで」を指します。
このように、日本と世界によって時代の区分が異なっているのが「近世」という時代なのです。
近世が省略される場合とその理由
世界の時代は一般に次のように区分されています。
「原始時代」→「古代」→「中世」→「近世」→「近代」→「現代」
つまり、「近世」という時代は、「中世」と「近代」の間に挟まれた時代ということです。
歴史の時代区分に関してはいくつか方法がありますが、最初に考案されたのは「古代-中世-近代」という三区分法でした。
「三区分法」とは、元々、西洋の時代を後から振り返り、その歴史を元に当時の西洋の学者が作り出したものです。
この三区分法では、「近世」という時代は入っていません。
簡単に三区分法を説明しておくと、まず「古代」とは「紀元前~4世紀末のローマ帝国の滅亡まで」のことを指します。
古代ヨーロッパでは、戦争などは多かったものの、道路や水道設備、建築物など多くの文明を発達させました。
特に、古代ギリシャや古代ローマ帝国などでは、その発展・成長が顕著だったと言われています。
しかし、「中世(4世紀末~15世紀・16世紀頃まで)」に入ると、時代の様相が大きく変わってくるようになります。
中世では、封建制の確立、キリスト教の台頭などがありましたが、最も人々に影響を与えたのが「伝染病の流行」です。
1348年から1420年にかけてのヨーロッパでは、黒死病と呼ばれるペストが大流行しました。
ペストにより、ヨーロッパ人口の約1/3もの人が命を落としたと言われています。
この間は、ヨーロッパ全土に病気が広まり、「暗黒の時代」とも言われるようになりました。
そして次の時代が、「近代(約16世紀頃~)」です。
「近代」に入ると、人々は「神からの脱却」をテーマに、人間一人一人の価値観を認めていく時代へと移ってきました。
つまり、神を中心とする価値観とするのではなく、人間を中心に物事を考えていく価値観へ移行したということです。
そして、古代のようにまた再び人間の力によって、様々な文化を興していこうと考えました。
これが、「ルネサンス(文芸復興)」と呼ばれるものです。
こうしてできたのが、「三区分法」と呼ばれる当時の時代区分方法なのです。
ところが、時代がだんだんと進むにつれて「今までの歴史をわずか3つだけに分けるのは限界なのでは?」という意見も出てくるようになりました。
そこで、中世と近代の間に「近世」という概念が挿入されるようになったのです。
古代の前に「原始時代」が入れられたり、近代の後に「現代」が入れられたりしたのも同じ理由からです。
近世とはどんな時代であったか
「近世」とはどんな時代だったのでしょうか?
これは端的に言うと、「神が権威を持っていた時代が終わった時代」と言うことができます。
それまでの世の中は、神が絶対的な価値観を持つ時代でした。中世、特にヨーロッパではキリスト教が絶対的な権力を持っていたのです。
しかし、ペストの流行により今まで神様に祈ってきた人がどんどんと亡くなることになります。祈っても祈っても人々は幸せになることはありません。
こうして、神への信頼が失われていくと、次第にキリスト教への求心力も失われていくこととなります。
その結果、神が絶対的な権威を持っていた時代に終わりを告げたのが「近世」という時代なのです。
「近世」では、神が世の中を動かすのではなく、人間自身が世の中を動かす時代となりました。
例えば、文化や文明、学問、哲学などの基本は、今までは神への信仰が根底にありました。
しかし、それらの信仰を脱却し、「人間自身による考えで人間の価値を重視して生きていこう」とする考え方に移行したのが、「近世」という時代なのです。
「近世」の後半では、「産業革命」と呼ばれる革新的な産業構造の変化もありました。
産業革命とは、それまでの手工業生産に頼るのではなく、大規模な工場生産により大量にモノを作り出していくシステムに変わった革命のことです。
神が経済を動かすのではなく、人が経済を動かす世の中に変わったからこそ、産業革命は生まれたものと言うことができます。
「近世」という時代は、良くも悪くも「人」が中心の時代であったのです。
「近世」の使い方・例文
「近世」という言葉は、実際の文章ではどう使われるのでしょうか?以下の例文で確認しておきましょう。
- 中世から近世にかけて、キリスト教会の権威は徐々に失われるようになった。
- 近世ヨーロッパでは、個人の自由や理性といった概念が重視されるようになった。
- 近世後期に入ると、イギリスの産業革命により西洋の生活は飛躍的に向上された。
- 近世の哲学者としては、デカルト、ロック、ライプニッツなどが挙げられる。
- 日本の近世は主に江戸時代が含まれ、上方文化、化政文化などが盛んになった。
- 東洋史では、明の終期から清初以後の辛亥革命までの時代を一般に近世と呼ぶ。
「近世」という時代は、日本史と世界史(西洋史・東洋史)のどちらで使うかによって意味が異なってきます。
一般には、西洋史を指して使われることが多いです。なぜかというと、これらの時代区分は元々西洋がモデルになっているからです。
西洋史の中で使われる場合は、宗教、哲学、経済などを語る文脈の中で用いられます。
特に、近世のヨーロッパについて語る場合は、現代文の中で用いられることが多いです。
その場合は、間を挟む「中世」と「近代」についても理解しておくと、読解がスムーズに進むことでしょう。
本記事のまとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「近世」=日本史だと「安土桃山~江戸時代まで」。西洋史だと「ルネサンス~市民革命・産業革命まで」。中国史だと「明 の末~辛亥 革命まで」。
「近世を省略する場合」=「古代-中世-近代」という三区分法で分けた場合。
「近世という時代の特徴」=神が権威を持っていた時代が終わり、人間自身が世の中を動かすようになった。
「近世」という時代は、「中世」と「近代」の間に位置します。場合によっては「近代」に含まれることもありますが、歴史を語る上では欠かせない時代区分です。ぜひ今回の内容を頭の中で整理して頂ければと思います。