イタリアの都市名を指す言葉で、「フィレンツェ」と「フローレンス」があります。ルネサンス文化の中心となった地なので、なじみがあるという人も多いでしょう。
ただ、この場合どちらを使うのが正しいのか?という疑問があります。そこで本記事では、「フィレンツェ」と「フローレンス」の違いや使い分けを詳しく解説しました。
フィレンツェ・フローレンスの意味
最初に、それぞれの意味を辞書で引いてみます。
フィレンツェ【Firenze】
⇒イタリア中部の古都。トスカーナ州の州都。ローマ時代に建設され、中世には強力な共和政都市国家を形成。メディチ家の支配のもとでイタリアルネサンスの中心地となった。多くの歴史的建築物が残り、美術館が多い。1982年「フィレンツェ歴史地区」として世界遺産(文化遺産)に登録された。名は花の都の意。英語名フローレンス。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
フローレンス【Florence】
⇒フィレンツェの英語名。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
両者を国語辞典で比較してみると、「フィレンツェ」の方が詳細な記述がされています。そして、大まかな歴史を説明した後に、最後の記述で「英語名フローレンス」と書かれています。
一方で、「フローレンス」の方は「フィレンツェの英語名」と簡易的に書かれているものばかりです。「フローレンス」の項目に詳細な記述がされているものは見当たりません。
どちらも「イタリア中部の古都。トスカーナ州の州都」という意味を表している点は共通しています。しかし、その説明の仕方に大きな差があるということです。
フィレンツェとフローレンスの違い
ではこの2つの違いはどこにあるのでしょうか?
まず、この都市のイタリアでの正式な表記は「Firenze」です。
したがって、「Firenze」の発音を日本式のカタカナにすれば「フィレンツェ」ということになります。
ところが、この都市はローマの植民として建設されて以来、政治や文化の中心となり、やがて広く海外にも知れ渡るようになりました。
その後、英語やフランス語では「Firenze」ではなく、「Florence」として紹介されるようになりました。
「Florence」を日本式にカタカナにすると、英語読みで「フローレンス」、フランス語読みで「フローランス」となります。
日本で「フローレンス」として親しまれてきたのは、英語による紹介を経て著名になったからです。
したがって、両者の違いを簡潔に言うと、
「フィレンツェ」=「イタリア語」をカタカナ表記にしたもの。
「フローレンツ」=「英語」をカタカナ表記にしたもの。
ということになります。
「フィレンツェ」の方は本場のイタリア語をカタカナにしたものなので、発音としても元のイタリア語に近いです。
対して、「フローレンス」の方はイタリア語を英語にした後に、さらに日本語にしたものなので、発音としては英語に近いと言えます。
フィレンツェとフローレンスの使い分け
両者の違いは分かりましたが、問題はその使い分けです。
つまり、「結局私たち日本人はどちらを使えばよいのか?」ということです。
そこで参考にすべきが、文部科学省が発行している手引書です。
外国地名の書き表し方をまとめた文部科学省の『地名の呼び方と書き方(昭和33年)』には次のように示されています。
外国の地名は、なるべくその国なりその地域なりの呼び方によって書く。
出典:文部科学省『地名の呼び方と書き方』
したがって、この手引書に従うならば、問題となる都市はイタリアでの呼び名「Firenze」に基づく「フィレンツェ」がよいということになります。
ところが、この文言には続きがあり、次のようにも書かれています。
ただし、現地の呼び方とかけ離れた呼び方が慣用として熟していて、それを今ただちに改めることにいろいろ混乱が予想されるものについては、従来の慣用に従う。
出典:文部科学省『地名の呼び方と書き方』
つまり、従来の慣用として用いられている英語読みである「Florence」でも問題ないということです。
その証拠に、付表「地名の書き方の例」にも、「フィレンツェ(フリーレンス)」のように掲げられています。
なお、今回紹介した『地名の呼び方と書き方』は、その後の時代の推移とともに再考を要する部分が出てきたため、財団法人教科書研究センターによって審議し直されました。
そして、『地名表記の手引き(昭和53年)』としてまとめられました。
しかし、前記の外国地名の書き方に関する方針は、そのまま受け継がれ、付表『地名の書き方の例』にも「フィレンツェ(フリーレンス)」と掲げられています。
現在の社会科用の地図においても「フィレンツェ」と併記した形で「(フローレンス)」と書かれているのはこの方針に基づいたものです。
以上の事から考えますと、両者の使い分けは原則として「フィレンツェ」とするのが望ましいが、「フローレンス」でも誤りではないという結論になります。
地名の書き方の例外は?
補足すると、『地名の書き方の例』では、「慣用による例外として特に著しいもの」に「〇印」が付されていますが、中には従来の慣用に従う方だけを用いるものもあります。
例えば、次の国名はいずれも右側の形(慣用)を用いるものです。
- アルヘンチチ⇒アルゼンチン
- シュバイツ⇒スイス
- スオミ⇒フィンランド
- ポルスカ⇒ポーランド
- マジャール⇒ハンガリー
- メヒコ⇒メキシコ
これらの地名を現地での呼び名に従いカタカナにすると、いずれも左側のような呼び名となります。しかし、日本では左側のような呼び方は通常しません。
理由は簡単で、現地の呼び方とあまりにかけ離れた呼び名だからです。このように、現地の呼び方と著しく離れた呼び名をするような場合は、本来の呼び名ではない慣用読みをすることが常識となっています。
社会科用の地図でも、当然これらの呼び名はいずれも慣用読みとして載せられています。
本記事のまとめ
以上、本記事のまとめです。
「フィレンツェ・フローレンス」=イタリア中部の古都。トスカーナ州の州都。
「違い」=前者は「イタリア語」をカタカナ表記にしたもの。後者は「英語」をカタカナ表記にしたもの。
「使い分け」=原則として「フィレンツェ」を用いるが、「フローレンス」でも誤りではない。
外国の地名に関しては、現地の呼び名に基づく読み方と慣用読みの2種類があります。通常は現地の呼び名に基づいてカタカナで表記します。しかし、現地の呼び方と全く異なり混乱が予想されるような場合は、慣用読みをすると考えて下さい。