寝台や寝床を表す言葉として、「ベッド」があります。家具の大手メーカー、病院など様々な場面で用いられています。
ただ、似たような発音で「ベット」と書くこともあります。両方とも普段からよく見るカタカナ語ですが、どちらが正しい表記なのでしょうか?
今回は、「ベッド」と「ベット」の違いや使い分けについて詳しく解説しました。
ベッドとベットの意味
まず、両者の意味を辞書で引いてみます。
ベッド【bed】
①寝台。寝床。「ダブルベッド」 ②苗床。花壇。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
ベット【bet】
⇒賭 (か) けること。賭け。また、賭け金。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「ベッド」とは「寝台・寝床」を意味する言葉です。
主に「ベッドを買う・介護ベッド・ダブルベッド」のような使い方をします。私たちが普段から寝るときに使っている寝床も「ベッド」です。
対して、「ベット」とは「賭けること・賭け・掛け金」などの意味です。
こちらは主にポーカーやルーレットなどのゲームで使われる用語で、ドイツ語の「bett」を由来とします。(英語表記はbet)
使い方としては、「ベットする」などの言い方が一般的です。すでに行っている賭けに対して、さらに掛け金を上乗せすることも「ベット」と呼びます。
以上の解説を踏まえますと、両者はまったく異なる言葉ということが分かります。
したがって、もしも「寝台」を「ベット」と表記したら間違いですし、逆に「賭けること」を「ベッド」と表記しても間違いということになります。
ところが、私たち一般人に関しては「寝台」に関しても「ベット」と表記する人が意外と多いという事実があります。
ある調査によると、幼稚園児から小学生の3、4年までのほとんどが「ベット」と発音し、小学生の高学年から中学生、高校生になるにつれ、徐々に「ベッド」と発音する人の率が高くなるというデータがあります。
「ベッド」と発音する人は20歳代にピークを迎えますが、あとは年齢が進むにつれ再び「ベット」の方が優勢になるという結果になっています。そして、この傾向は女性において特に顕著だそうです。
これは話し言葉の場合についてですが、書き言葉に関しては今日において「ベット」と書かれることはほとんどないと言っていいです。
新聞や雑誌、教科書をはじめとした出版物や辞書類、広告類なども「ベッド」と表記しています。また、家具大手のニトリやイケア、無印良品などのメーカーも「ベッド」で統一しています。
「ベット」に関しては、新聞の折り込み広告や商店の看板などで、ごくまれに見かける程度です。
ベッドとベットの違い
では、なぜ私たちは「寝具」のことを「ベット」と発音しているのか?という問題です。
まず最も大きな要因として、日本人にとって単純に「ベット」の方が発音しやすいからという理由が挙げられます。
日本語の音韻として、濁音の前に促音が来るということは通常ありません。
※「濁音(だくおん)」=ひらがなに濁点(゛)を付けた表記。「が」「だ」「ざ」など。
※「促音(そくおん)」=つまる音とも言い、日本語のかな表記で「っ」「ッ」で表されるもの。
例えば、「っが」「っだ」「っざ」などの語が付くものはカタカナとしてはあっても、ひらがなとしての日本語はありません。
したがって、日本においては通常、外来語を入れる時は促音の後の濁音は清音になりやすいという背景があったのです。
このことは、「ベッド」-「ベット」以外にも挙げられます。
- 「バッグ」-「バック」
- 「グッズ」-「グッツ」
- 「ブルドッグ」-「ブルドック」
- 「グッドバイ」-「グットバイ」
- 「デッドボール」-「デットボール」
他には次のような語も同じ例に含まれます。
- 「バッジ」-「バッチ」
- 「ドッジボール」-「ドッチボール」
元々、戦前の日本は英語を学習する人の数も少なく、それほど原語のつづりや発音を意識するようなこともありませんでした。そのため、促音の後は清音で発音することが多かったのです。
ところが、戦後になると義務教育で中学の英語が必修化され、日本人の英語学習人口は飛躍的に増加しました。その結果、本来の表記である「ベッド」の方が正しいという認識が一般に広がったのです。
現在では、「促音」+「濁音」の発音が苦にならないという人も増えてきています。
例えば、戦後になって一般化した外来語で言えば「ヘッド」「ビッグ」「エッグ」「ホットドッグ」などは本来の発音通り使われています。
ただ、戦後のすぐ後の世代に生まれた人たちなどは、言いやすさ、聞き取りやすさを優先し、「促音」+「清音」で発音している人もいます。そのため、寝具の事を「ベット」と発音する人もいるということです。
どちらが正しい表記か?
以上の解説を踏まえますと、「寝台」を表す言葉の正しい表記は「ベッド」であるという結論になります。
「ベッド」は、英語の「bed」の発音を忠実に再現したカタカナ表記です。一方で、「ベット」の方は発音のしやすさを重視して便宜上生まれたカタカナ表記です。
そのため、本来の正しい表記は「ベッド」となるのです。
なお、NHK総合放送文化研究所が出したアンケート調査に「外来語の語形・表記に関する質問」というものがあります。
この質問は例えば「ベッド-ベット」のような、表記にゆれのある外来語を示し、一語ごとにどちらの形がよいかを尋ねたものです。
その中に、「促音+濁音」に関する語が二語含まれていますが、結果は次の通りになっています。
ベッド(73%・74%) ベット(26%・23%)
ハンドバッグ(68%・74%) ハンドバック(29%・22%)
※()内の数字は左側が「表記」での支持率、右側が「発音」での支持率を示す。
上記の調査結果は、「表記」も「発音」も原語の発音に近い方を指示する人がはるかに多いということを示しています。
つまり、「ベッド」と「ベット」は書き言葉に関しては「ベッド」の方が規範的に正しいのは当然として、話し言葉としても「ベッド」の方が優勢であるということです。
したがって、実際の発音に関しても今後は次第に「ベッド」の方へ統一していくものだと考えられます。
外来語を日本語の中に入ったものとして考えると、「ベッド」が優勢になったのは、今までの日本語の音韻体系に変化をもたらしたものとも言えます。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「ベッド」=寝台・寝床。「ベット」=賭けること・賭け・掛け金。
「違い」=「ベッド」は英語の「bed」を発音通りカタカナ表記したもの。「ベット」はドイツ語の「bett」をカタカナ表記にしたもの。
「使い分け」=「寝台」を表す時は原則として「ベッド」を使い、「ベット」は使わない。
「ベッド」と「ベット」を比較すると、「ベット」の方が発音がしやすいという事実は確かにあります。実際に英語教育が今ほど盛んではなかった頃は、発音のしやすさで「ベット」を選択しても問題はありませんでした。
しかし、現在においては英語教育は以前よりもはるかに進んでいます。そのため、本来の言語の形に沿うならば、「ベッド」と表記するのが望ましいということになります。