「アイデンティティ」という言葉があります。「聞いたことがある」「何となく知っている」などの人がほとんどでしょう。
ところが、「正確な意味は?」と聞かれると多くの人が答えにくいと思います。そこで今回はこの「アイデンティティ」について具体例などを使いなるべく簡単に解説しました。
アイデンティティの意味
まず、「アイデンティティ」の意味を辞書で引くと次のように書かれています。
【アイデンティティ】
①自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。
②本人にまちがいないこと。また、身分証明。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「アイデンティティ」は、日本語では「自己同一性(じこどういつせい)」と訳されることが多いです。
「自己同一性」とは簡単に言うと「自分とは何か」という意味です。「自分らしさ」と訳してもいいでしょう。
例えば、「アイデンティティが確立されている」と言えば、「自分自身は一体何なのか?どういう存在なのか?」というのが分かっている状態を指します。
具体的には、以下のような認識です。
- 家族の中では、私は父親だ。
- 世界の人種の中で、私は日本人だ。
- 性格でいうと、私は社交的な人間だ。
- 趣味でいうと、私は野球が好きな人間だ。
- 仕事でいえば、私は政治家をしている者だ。
このように、「自分とは何か」ということを説明している内容そのものが、あなたの「アイデンティティ」ということです。
難しい言い方だと、「アイデンティティー」=「存在証明」とも言えるでしょう。
辞書の説明の補足もしておくと、①の「自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること」とは「昨日の自分も今日の自分も変わらない自分である」という認識のことです。
例えば、以下のような認識は「アイデンティティ」とは言えません。
- 昨日は自分は社交的だと思っていたのに、今日は社交的ではないと感じた。
- 一年前の自分は目立ちたがり屋な性格だと思っていたが、今は違うと感じた。
- 10年前はまじめなタイプだと思っていたが、今ではそうではないと思った。
- 関西では自分は内向的なタイプだと思ったが、東京だとやはり外交的なタイプだと感じた。
- アフリカでは私は日本人だと自覚したが、中国に行ったら自分は日本人ではないと自覚した。
つまり、時間や場所によって変化する自己像は「アイデンティティ」とは呼べないということです。
「アイデンティティ」は、過去でも未来でもそしてどんな環境でも変わらない自己像でなければいけないのです。
なお、②の「本人にまちがいないこと。また、身分証明。」という意味は日常生活でもよく使われています。
最も分かりやすいのが、IDやパスワードを入力する時の「ID」です。
「ID」とは、「Identity Document(アイデンティティ ドキュメント)」の略で、ドキュメントは「書類」を意味します。
すなわち、「自分」と「書類」が一致しているか確認するのが「ID」ということです。
「アイデンティティ」には、このように「同じであることを確認する」という意味も含んでいます。免許証や保険証などは、まさに「ID」の典型的な例と言えるでしょう。
アイデンティティ=帰属意識
「アイデンティティ」は、他者や社会との関係の中で作られるものです。
私たちは、学校や会社などの組織の中で日々生活しています。組織の中にいることにより、周りの人から「あなたはこういう人間だ」と言われます。
つまり、集団の中にいるからこそ、「自分はこういう人間だ」という意識を持てるわけです。そのため、アイデンティティには「帰属意識(きぞくいしき)」という意味も含まれています。
「帰属意識」とは、自分が企業や団体、民族など様々な集団に属しているという意識のことです。
「アイデンティティ」は、自分一人だけで確立することはできません。例えば、今まで日本人としか話した経験がなかった人が様々な人種に出会ったとしましょう。
- 「あの人はアメリカ人だ。」
- 「あの人はスペイン人だ。」
- 「あの人はナイジェリア人だ。」
そんな時に、ふと自分を見つめ直すと「私は(周りと比べて)日本人なのだ」と再認識できるはずです。
また、今まで個人で活動していた人が一定のグループや集団などに属したとします。すると、「自分は明るい性格だ」と思っていたのに、「周りと比べると、全然明るくない」と感じました。
そんな時に、「私は(周りと比べて)明るくないんだ」と再認識できます。
このように、自分が勝手に思っている自己像ではなく、鏡のように機能する他者を通じて、自己像をクリアに理解することが「アイデンティティ」の構造なのです。
ポイントは、「他者の存在にある」と言えるでしょう。「自分が考えている自分」と「他者が考えている自分」は同じではありません。
「アイデンティティ」は、他者による認証を得て初めて確立されるものなのです。
アイデンティティの使い方
「アイデンティティ」という言葉は、個人に限らず幅広い分野で使われています。今回は、その中でもよく使われる3つを紹介します。
①「コーポレートアイデンティティ」
「コーポレート」とは英語で「企業」のことです。
すなわち、「コーポレートアイデンティティ」とは「企業の特徴や個性を出し、共通のイメージで顧客が認識できるようにすること」という意味になります。
身近な例だと、企業のマークやロゴ・ブランド名などが挙げられます。
一目見ただけで、すぐにこの会社だと分かるようなマークは世の中にたくさんありますよね。
例えば、マクドナルドのロゴマークなどは非常に分かりやすいです。黄色のマークの「M」という文字を見れば、誰もがマクドナルドという会社を簡単に思い浮かべることができます。
他には、トヨタやローソンのロゴマークなど、企業のほとんどはオリジナルのマークを持っています。
「コーポレートアイデンティティ」は、基本的に企業の独自性を打ち出すために使われると考えて問題ありません。
②「アイデンティティクライシス」
「アイデンティティクライシス」とは「自己の存在意識や社会的な役割が失われた状態」のことです。主に心理学の用語として使われる言葉です。
「クライシス(crisis)」は英語だと「危機」という意味なので、「アイデンティティの危機」とも呼ばれます。
簡単に言えば、「自分らしさが分からなくなってしまった状態」ということです。
例えば、以下のようなケースは「アイデンティティクライシス」だと言えます。
- 学校や会社など新しい環境になじめなくなった時。
- 転職に失敗し、自分の適職が分からなくなった時。
- 家族の中で自分の役割が何なのかが分からなくなった時。
自分の役割や存在意義について悩んでしまった時に、「アイデンティティクライシス」は使われます。
③「アイデンティティポリティクス」
「アイデンティティポリティクス」とは「社会的な不当を受けている集団が行う政治活動」のことです。
「ポリティクス(politics)」は「政治」という意味なので、直訳すると「自己同一性(のための)政治活動」ということになります。
世界には、不当な扱いを受けている集団は一定数います。例えば、「人種差別・民族差別・性的差別」などを受けている人たちです。
このような集団が、自分たちの存在意義を強調するための活動を「アイデンティティポリティクス」と呼ぶのです。
アイデンティティの例文
最後に、「アイデンティティ」の使い方を実際の例文で確認しておきましょう。
- 日本人にとってのアイデンティティは、寿司やみそ汁などの和食である。
- 久々に実家へ帰ったとき、改めて自分のアイデンティティを再確認した。
- 大きな会社に入り、自分は内向的な性格であるというアイデンティティを確立した。
- 生まれも育ちも関西なので、関西人としてのアイデンティティは認識しています。
- その会社は企業独自のロゴにより、コーポレートアイデンティティを確立している。
- 彼は仕事の悩みによって、アイデンティティクライシスに陥ってしまった。
- アイデンティティポリティクスにより、黒人差別の問題が注目されるようになった。
「アイデンティティ」は、専門書などだと「独自性・同一性・主体性・自己認識」のように難しい用語が書かれている場合もあります。
しかし、一般的な意味として使う分にはそれほど難しく考える必要はありません。
基本的には、「アイデンティティ」の部分を「自分とは何か。自分らしさ」と訳せば問題ないです。
例文5.のように、会社が一つの単位になる場合は、「会社らしさ」と言い換えればよいでしょう。
また、用例としては、「アイデンティティを確立する」「アイデンティティを認識する」といった使い方が多いです。
「アイデンティティ」は、生まれた時から備わっているわけではありません。そのため、「(ある時を境に)確立・認識する」という意味でこのような用例が多くなるのです。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「アイデンティティ」=自己同一性。(自分とは何か・自分らしさ)
「使い方」=「コーポレートアイデンティティ・アイデンティティクライシス・アイデンティティポリティクス」など。
「用例」=「アイデンティティの確立・認識」などが多い。
「アイデンティティ」について完璧に理解するのは難しいです。なぜなら、元々日本にはない概念を日本語で考えようしているからです。ある程度割り切って「アイデンティティ」=「自分とは何か」と考えれば問題ありません。後は実際の文章を読みながら少しずつ意味を理解するようにしましょう。