「年が若い者」または「未熟な者」を「じゃくはい」と言います。「若輩者ですが~」「若輩者ですが~」などの言い方が一般的です。
ただ、この場合「若輩」と書くのかそれとも「弱輩」と書くのかといった問題があります。そこで本記事では、「若輩」と「弱輩」の違い・使い分けについて詳しく解説しました。
若輩と弱輩の意味
まず、「じゃくはい」の意味を辞書で引いてみます。
【若輩/弱輩】 (じゃくはい)
①年が若い者。
②未熟で経験の浅いこと。また、そのさま。自分を卑下していう語。他人に用いれば軽蔑の意になる。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「じゃくはい」とは「年が若い者・未熟で経験が浅いこと」という意味です。主に自分を卑下して使うのが基本で、「私は若輩者ですが、~」のように用います。
デジタル大辞泉によると、「じゃくはい」という言葉は統一して表記されています。したがって、上記辞典の表記に従うならばどちらを使っても間違いではないということになります。
その他の辞典を確認してみても、
- 「若輩」だけを掲げているもの
- 「弱輩」だけを掲げているもの
- 「若輩・弱輩」の順序で掲げているもの
- 逆の「弱輩・若輩」の順序で掲げているもの。
- 正しくは「弱輩」と注記してあるもの
など複数があります。
例えば、『言海』『日本大辞書』『ことばの泉補遺』『和英語林集成』などが「若輩」を掲げています。また、少し古いものだと『辞林』(明治44)に「弱輩」が掲げられています。
比較的新しく発行された辞書だと、「若輩・弱輩」の両方が併記されているものが多いです。
若輩と弱輩の違い
「若」という漢字は「なんじ(二人称)、ごとし、およぶ、すなわち、わかい」など複数の意味があります。ただ、ここでの「若」は「わかい」という意味で使われています。
この「わかい」という意味は、漢字の本場である中国ではなく、日本で使い始めたものという説が濃厚です。
「若い」は、「日本書紀」「万葉集」などに古くから用例が確認されています。もちろん、中国にも用例がありますが、それは「なんじがともがら」すなわち「お前たち」という意味に限定されています。
一方で、「弱」という漢字には「よわい・すくない・わかい・力が少ない・やわらかい」などの意味があります。
「弱輩」の「弱」に関して言えば、「よわい」や「わかい」の意味で使われています。意外かもしれませんが、「弱」という字にも「わかい」という意味は含まれているということです。
ただ、中国の古い文献には「弱ハ少年ナリ」「弱トハ幼弱ノ時オイフナリ」などはありますが、「弱輩」という言葉自体は見当たりません。
したがって、元々は「若輩」と書いていた所に、後から「弱輩」が付け加えられたのではという説もあります。
真偽の程は不明ですが、日本では「若輩」の方が古くからあった言葉ということは確かです。
実際に古くからあった用例としては、以下のものが確認されています。
若輩の興を勧める舞にてもなし。又狂者の言を巧みにする戯れにも非ず。
出典:太平記五
かれが父俳諧を好み、洛の貞室若輩のむかし爰(ここ)に来たりし比(ころ)、風雅に辱められて、
出典:奥の細道
一つ館に居(お)りながら、稀(たま)に逢(あ)うたか何ぞの様に、若輩な人ではあるわいの、
出典:浄瑠璃 本朝二十四孝
見て分かるように、いずれも「若輩」と表記されています。古くから「弱輩」と表記されているものは確認されていません。
文芸作品での用例
また、近代における文芸作品では、次のような用例が確認されています。
長井は、書物癖のある、偏屈な、世慣れない若輩のいひたがる不得要領の警句として、好奇心のあるにも拘(かか)はらず、取り合ふ事を敢てしなかった。
出典:夏目漱石『それから』
若輩な自分は嫂(あによめ)の涙を眼の前に見て、何となく可憐に堪へないやうな気がした。
出典:夏目漱石『行人』
自分は弱輩の癖に多少云(い)い過ぎた事に気が付いた。
出典:夏目漱石『行人』
「弱輩の身を以て推参ぢや、控へたら好かろう」と云ったものがある。長十郎は当年十七歳である。
出典:森鴎外『阿部一族』
長十郎はまだ弱輩で何一つ際立った功績もなかったが、忠利は始終目を掛けて側近く使ってゐた。
出典:森鴎外『阿部一族』
わが一族の若輩の切歯扼腕(やくわん)の情もいまは制すべきではない、
出典:太宰治『右大臣実朝』
近代の文芸作品では、夏目漱石などは「若輩」と「弱輩」の両方を用いています。一方で、森鴎外は「弱輩」を、太宰治は「若輩」を用いています。これは見る限り、小説文など私的な文章に関してはどちらも使われているという実情です。
ただし、どちらの方が多く使われているかと問われるとやはり「若輩」の方が多いということになります。
新聞・報道界では?
新聞、テレビ、雑誌などの報道業界では「若輩」で統一して表記するようにしています。
以下、代表的な新聞社の表記です。
毎日新聞社「毎日新聞用語集」 ⇒「若輩」
共同通信社「記者ハンドブック」 ⇒「若輩」
朝日新聞社「朝日新聞の用語の手引」 ⇒「若輩」
時事通信社「最新用字用語ブック」 ⇒「若輩」
読売新聞社「読売新聞用字用語の手引」⇒「若輩」
日本放送協会「NHK新用字用語辞典」 ⇒「若輩」
新聞や放送などの分野では、読者に分かりやすく情報を伝える簡潔さが重視されます。逆に言えば、読者に混乱を与えるような表記は嫌うということです。
そのため、統一用語としての「若輩」を用い、「弱輩」の方は原則使わないようにしているということです。その他、公用文や公文書など国が関与する文章に関しても「若輩」の方を使う傾向にあります。
以上の事から考えまして、「じゃくはい」という言葉は一般に「若輩」の方が優先的に使われているという結論が出せます。
まとめ
では、本記事の内容をまとめておきます。
「若輩/弱輩」=年が若い者・未熟で経験が浅いこと。
「違い」=意味自体には違いはほぼない。「若」は「わかい」、「弱」は「よわい・わかい」という意味。
「使い分け」=報道業界では、「若輩」で統一して用いる。
「若輩」と「弱輩」は両方とも使うことができますが、どちらか一方に統一するならば「若輩」を使うことになります。したがって、私たちが一般に使う際には「若輩」の方を使えば問題ありません。また、先述したように新聞やテレビなどの分野に関しては「若輩」を使うのが基本ルールとなります。