サイードの「オリエンタリズム」という言葉をご存知でしょうか?現代文や世界史の用語としてよく登場し、特に「異文化」について書かれた評論文では頻出です。
ただ、実際にはイメージがつかみにくいと感じる人も多いと思われます。そこで今回は、「オリエンタリズム」の意味や具体例、問題点などをなるべく簡単に解説しました。
オリエンタリズムの意味
まず、「オリエンタリズム」の意味を調べると次のように書かれています。
【オリエンタリズム】
①オリエント世界(西アジア)へのあこがれに根ざす、西欧近代における文学・芸術上の風潮。東洋趣味。
②東洋の言語・文学・宗教などを研究する学問。東洋学。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「オリエンタリズム」は、多くの辞書だと「東洋趣味」と書かれています。
「東洋趣味」とは「西洋の人たちが東洋の文化に対してあこがれや好奇心を抱くこと」です。しかし、一般的にはこの意味で使われることはほとんどありません。
「オリエンタリズム」は「西洋人が自分の都合のいいように西洋以外を見る見方」という意味で使われることが多いです。
なぜこのような意味に変わってしまったのか、順を追って説明していきます。
まず、「オリエンタリズム」は英語で「orientalism」と書き、「orient」はラテン語の「oriens」に由来します。
「オリエンス(oriens)」とは「太陽が昇る方角」という意味です。つまり、「東側」ということです。
この事から、「オリエント」は広い意味で「西洋以外の東側諸国全般」を指し、狭い意味で「西アジアやエジプト」を指すと言われています。
ここで一つの疑問が浮かび上がります。それは「西とか東は何を基準に決めているのか?」ということです。
考えてみれば、当たり前のことです。私たちの国、「日本」はアジアの東ということで「極東」と呼ばれています。また、アラビア半島やその周辺地域は「中近東」と呼ばれています。
しかし、日本が極東にあるという基準は誰が何によって決めたのでしょうか?
実はこれらの基準はすべてヨーロッパ人が決めたのです。
日本が「極東」と呼ばれるのは、ヨーロッパから見て極めて東にあるからであり、アラビア周辺国が「中近東」と呼ばれるのは、ヨーロッパから見て近い東にあるからです。
つまり、これらの言葉は「西洋中心主義」によって作り出されたものなのです。「西洋中心主義」とは「ヨーロッパ文明が世界の中心である」とする考え方のことです。
そして、この考え方に異議を唱えたのがパレスチナ出身の批評家である「サイード(1935年~2003年)」と呼ばれる人物です。
サイードが唱えたオリエンタリズム
サイードは著書『オリエンタリズム』の中で、西洋人のオリエント(東洋)に対する見方には、「西洋中心主義」が色濃く反映されていると主張しました。
サイードによれば、西洋は東洋に対して、文学や絵画などを通じて「受動性・後進性・非合理性・幼児性・停滞」といった負のイメージを押し付けたと言います。その事で、西洋の優位性を確認してきたと言うのです。
サイードが『オリエンタリズム』を発表してから、「東洋趣味」という概念が実は植民地主義的な考え方であったことが世に広まりました。
実際に、西洋人は西洋と東洋を全く別の物とみなし、前者を発達した文明、後者を未開の文明とみなしていたのも事実です。「未開の文明」とは要するに「遅れていて野蛮な文明」ということです。
そして、西洋人は東洋文明を遅れていると考えることにより、自分たちこそが世界の中心であるというアイデンティティを確立するようになりました。
こうした西洋による身勝手な東洋のイメージを、サイードは「オリエンタリズム」と呼んだのです。つまり、「オリエンタリズム」というのは、西洋による東洋への見方を批判的に表した言葉だったということです。
当時の世界は「帝国主義」と言い、強い国家が弱い国家を侵略するのが当たり前の時代でした。具体的に言うと、スペインやポルトガル、フランスなどのヨーロッパ諸国がアジアやアフリカなどの周辺国を次々と植民地にしていたのです。
そして、西欧諸国はこの帝国主義的な植民地支配を正当化してきました。このような時代背景もあり、サイードは西洋中心主義の「オリエンタリズム」を強く批判したのです。
オリエンタリズムの具体例
「オリエンタリズム」の分かりやすい例として、「言語学」が挙げられます。かつての言語学では、世界の言語を次の3つに分類していました。
- 孤立語(こりつご)
- 膠着語(こうちゃくご)
- 屈折語(くっせつご)
「孤立語」とは「単語が実質的な意味だけを持って孤立し、語形変化の全くないとされる言語」のことです。主に中国語・チベット語・タイ語などが挙げられます。
「膠着語」とは「単語間の文法的な関係を示すために、各単語にそれぞれ特有な意味を持った語を結び付けていく言語」のことです。
主に日本語や朝鮮語、トルコ語、フィンランド語などが「膠着語」に当てはまります。
最後の「屈折語」とは「単語の実質的な意味をもつ部分と文法的な意味を示す部分が合わさり、語そのものが変化することにより機能が果たされる言語」のことです。
主にインド・ヨーロッパ語族やセム語族の諸言語、ロシア語、ドイツ語、英語などが挙げられます。
そして、これらの言語は「孤立語」⇒「膠着語」⇒「屈折語」の順に発展すると主張されていました。要するに、言語というのは「中国語」⇒「日本語」⇒「英語」のように進化していくと西洋では考えられてきたのです。
見て分かるように、明らかに西洋語を東洋語よりも優位な言語とみなそうとする態度が表れています。サイードはこのような西洋優位の主張を批判していたことになります。
オリエンタリズムの問題点
「オリエンタリズム」の問題点として、「西洋の東洋に対する優位性」が挙げられます。例えば、「西洋画」と「東洋画」という二つの画のジャンルがあります。
「西洋画」とは「ヨーロッパで発達した画材や技法で描かれた絵画」のことです。
主に写実的なスタイルで描くのが特徴で、油絵・水彩画・パステル画などが挙げられます。イタリアやスペイン・フランスなどヨーロッパの芸術を代表する国で描かれた絵が「西洋画」です。
一方で、「東洋画」とは「東アジアで発達した画材や技法で書かれた絵画」のことです。
主に印象的な絵を描くのが特徴で、山水画・仏教絵画・花鳥画・人物画などが挙げられます。中国や朝鮮、日本などで描かれた画の総称が「東洋画」です。
もちろん、それぞれに良さや素晴らしさというのがあります。
しかし、もしも「オリエンタリズム」の面から芸術を語るなら、「東洋画は遅れている芸術」ということになります。なぜなら、「オリエンタリズム」は西洋中心の考え方だからです。
「オリエンタリズム」の根本には「西洋以外は自分の都合のいいように見てよい」という考えがあります。したがって、芸術を「オリエンタリズム」の観点から見るとどうしても西洋中心になってしまうという弊害があるのです。
芸術以外にも、文学や言語学、思想など西洋の東洋に対する優位性を示す分野は他にも多くあります。この点が「オリエンタリズム」の大きな問題点だと言えます。
オリエンタリズムの使い方・例文
「オリエンタリズム」という言葉は、実際にどのように使われているのでしょうか?例文をみて確認しておきましょう。
- オリエンタリズムの言説は、ヨーロッパ中心主義的なものである。
- 西洋列強の植民地主義とオリエンタリズムの考え方は深く結びついている。
- オリエンタリズムは、優秀な西洋と劣等の東洋との間に明確な区別を設ける考えであった。
- オリエンタリズムは、西洋の人々が東洋の人々を偏った見方で捉えようとする態度である。
- ナポレオンのエジプト遠征は、ヨーロッパのオリエンタリズム形成のきっかけになった。
- サイードは東洋を「不気味なもの・異質なもの」とする西洋の姿勢をオリエンタリズムと呼んで批判した。
- ジャポニズムという思想は、オリエンタリズムから生じたものと言われている。
例文のように、「オリエンタリズム」は「西洋による身勝手な東洋のイメージ」という意味で使うのが基本です。内容としては、「西洋中心主義」「ヨーロッパ中心主義」を批判するような形で使われます。
現代文のテーマとして登場する場合は、単なる「東洋趣味」という意味では使われないので注意してください。
なお、最後の例文の「ジャポニズム」とは「西洋における日本趣味」のことです。西洋人が日本の美術や工芸品に心酔するような時に使われます。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「オリエンタリズム」=一般に「東洋趣味」と訳すが、実際は「西洋人が自分の都合のいいように西洋以外を見る見方」という意味で使う。
「具体例」=「孤立語」⇒「膠着語」⇒「屈折語」の順に発展するとされたかつての言語学。
「問題点」=「西洋の東洋に対する優位性」
「オリエンタリズム」は、「サイード」が自著で西洋の東洋への見方を批判したことで世に広まりました。この言葉の裏には、西洋と東洋双方の歴史が含まれているものと認識しておきましょう。