「じょうぜつ」を漢字で書く場合、「饒舌」と「冗舌」の2つがあります。使い方としては、「饒舌な人」「酔うと冗舌になる」などのように用います。
両方ともよく使われているイメージですが、正しい漢字はどちらなのでしょうか?本記事では、「饒舌」と「冗舌」の使い分けについて詳しく解説しました。
饒舌・冗舌の意味
最初に、「じょうぜつ」という言葉を辞書で引いてみます。
【饒舌(じょうぜつ)】
⇒やたらにしゃべること。また、そのさま。おしゃべり。多弁。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
デジタル大辞泉によると、「じょうぜつ」という言葉は「饒舌」と表記されています。「冗舌」とは書かれていません。
すなわち、辞書の表記に従うならば、「饒舌」の方を使うことになります。
では、なぜ「冗舌」という言葉も存在するのかと言いますと、その理由は過去の歴史に起因しています。
元々、「じょうぜつ」は「饒舌」と書いていました。
「饒」には「豊か・有り余るほど多い」などの意味があり、「豊饒」「饒沃」などの熟語として使われていました。
そして、「舌」には「物を言うこと・話すこと」などの意味がありました。
この事から、「よくしゃべること・おしゃべり・口数が多いこと・多弁」などの意味で「饒舌」と表記していたのです。
一方で、「冗」には、「むだ、ひま、あまる、わずらわしい」などの意味がありました。
そこで同じく、「有り余るほどしゃべる」という意味で、「冗舌」の方も使われるようになったのです。
饒舌と冗舌の違い
このような経緯もあり、「饒舌」と「冗舌」が併用される時代がしばらく続きました。
両者の使い分けがはっきりと出てきたのが、1945年以降の戦後になってからです。
戦後は政府の漢字改革などにより難しい漢字は排除され、なるべく簡易的な漢字が採用されるようになりました。
昭和21年の内閣告示「当用漢字表」が実施された際、「饒」の字は漢字表に掲げられなくなりました。
すなわち、「饒」は表外漢字になったということです。
これ以降、「饒舌」という言葉は「多弁」「おしゃべり」と言い換えられたり、表内字の同音である「冗」を用いて「冗舌」と書き換えられるようになりました。
報道界における「饒舌」の取り扱いは、以下のように移り変わってきた経緯があります。
①戦後の当用漢字表の実施に伴う処置で、多くの新聞社では「饒舌」という語は使わないようになった。ただ、一部の新聞社では戦前からすでに「饒舌」は使わなくなっていた。例えば、『大阪毎日新聞スタイルブック』(昭和8年)では、「漢字制限に伴う代用語」の項に「饒舌⇒多弁」とある。
②戦後、日本新聞協会発行の『新聞用語集』では、昭和30年版から昭和40年版までは「多弁、おしゃべり、冗舌」の順序であった。その後、昭和42年版から昭和56年版までは「冗舌・多弁・おしゃべり」の順へと変わっていった。
③NHKは、『放送用語ハンドブック』(昭和44)において「冗舌」を採用し、言い換え語の参考として「おしゃべり・口まめ」を掲げている。その後、『新用字用語辞典』では「じょう舌」とし、「冗」は使わないようにしている。また、参考としての言い換え語として「おしゃべり」を掲げている。
つまり、報道界においては、昭和20年以降の戦後を境に「饒舌」は基本使わないようになったということです。
そして、現在では「饒舌」の「饒」という字は常用漢字外となっています。
では、単純にどの業界でも「饒舌」を使わずに「冗舌」を使えばよいのかというとそうではありません。
実は「饒舌」を「冗舌」と書き換えることは、「同音の漢字による書き換え」(昭和31年・国語審議会報告)には掲げられていないのです。
国語・漢和辞典での比較
そこで、さらに両者を詳しく比較するために、「じょうぜつ」の漢字の書き表し方について、戦後から平成4年に至るまでの各国語辞典の表記を見てみます。
「饒舌」としているもの・・・46種
(うち、「冗舌とも」などと注記しているもの・・・4種)
「冗舌・饒舌」の順序で併記しているもの・・・7種
「饒舌・冗舌」の順序で併記しているもの・・・1種
見て分かるように、「饒舌」としているものが最も多く46種です。
対して、「冗舌」は「饒舌」と併記されているものだけです。「冗舌」のみを提示している辞典は1つもありません。
この傾向から考えれば、「じょうぜつ」の漢字表記は「饒舌」であり、「冗舌」の方はまだ積極的には認められていないことになります。
同じく、漢和辞典22種についても見てみます。
親字「饒」の項で、熟語「饒舌」を掲げているもの・・・21種
親字「冗」の項で、熟語「冗舌」を掲げているもの・・・6種
※後者の内、1種は大正6年初版の『大辞典』で、他は戦後に刊行されたもの。
なお、「饒舌」を掲げていない辞典は、当用漢字表に掲げてある1850字についてだけの漢和辞典です。
これは親字としても「饒」はなく、「饒舌」がないのは当然だと言えます。
また、「冗舌」を掲げている6種の内4種はその語釈を「むだ口」「むだ話」などとしており、この場合の「冗舌」は本来の「じょうぜつ」とは別語と見るのが妥当です。
饒舌と冗舌の使い分け
以上の事から考えまして、「じょうぜつ」という言葉は報道業界では表内字を用いて、「冗舌」と書き換えてもよいということになります。
なぜなら、過去の新聞の用例や用語集などを見ても、「冗舌」という表記は一定の使用が許可されているためです。
その他、公文書や公用文などの公的な書類に関しても、常用漢字である「冗」を用いた「冗舌」を使うのが基本となります。
ただ、国語辞典や漢和辞典などの辞典界では「冗舌」という表記はあまり受け入れられていないというのが現状です。
最初の辞書の紹介でもあるように、現時点においても「冗舌」という表記がないものはあります。
したがって、私たちが一般の文章で使う際には、「饒舌」の方を使うのが望ましいという結論になります。
ちなみに、なぜ「饒舌」という言葉が完全に「冗舌」に取って換わられていないのか?という疑問ですが、これは漢字本来の字義から来ています。
すでに説明したように「冗」という字は、「むだ、ひま、あまる、わずらわしい」などの意です。
したがって、単に「冗舌」と書いた場合、長時間にわたって元気よく勢い込んで滑らかに話し続ける事なのか、それとも、聞き手にとってあまり面白くもないことをべらべらとしゃべり続ける事なのかがイメージしにくいです。
そのため、漢字本来の字義を重視する辞典では「饒舌」の方を積極的に採録しているということです。
対して、新聞やテレビなどの報道業界では、漢字本来の字義よりも文章自体の簡潔さの方を重視します。
また、公文書、公用文などでは常用漢字か否かという尺度で漢字の使用を決定します。
これらの理由により、現在では今もなお「饒舌」の方が一般に使われているということです。
本記事のまとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「饒舌・冗舌」=よくしゃべること・おしゃべり・口数が多いこと・多弁。
「両者の違い」=「饒舌」の「饒」は常用漢字外、「冗」は常用漢字内。
「使い分け」=報道業界・公文書なでは「冗舌」を使うが、一般に使う際には「饒舌」を使う。
「饒舌」と「冗舌」はどちらも使うことができます。ただ、私たちが使う分には「饒舌」を使えば問題ありません。「冗舌」を使うのは、報道業界や公文書など限定的な用途のみとなります。