『余白の美学』は、教科書・論理国語で学習する評論文です。そのため、定期テストの問題にも出題されています。
ただ、本文を読むとその内容や筆者の主張が分かりにくいと感じる箇所も多いです。そこで今回は、『余白の美学』のあらすじや要約、意味調べなどを簡単に解説しました。
『余白の美学』のあらすじ
本文は、四つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
①千利休は秀吉に対して、朝顔の花が一輪もない庭を見せた後、茶室の床の間にある一輪の花を見せて満足させた。このエピソードからは、邪魔なもの、余計なものを切り捨てるという美が成立していることがわかる。床の間の花は、庭の花の不在によっていっそう引き立てられたのである。日本の水墨画における余白と呼ばれるものが、まさしくそのような空間である。
②西洋の油絵は、画面が隅々まで塗られているが、日本の水墨画では、何もない空間が置かれることにより、幽遠な雰囲気が漂う。日本人はあえて古い、簡素な様式を選びとり、それを保ち続けてきた。そこには、余計なものを拒否するという美意識が一貫して流れていることが分かる。
③一方で、仏教美術の隆盛に見られるように、壮麗多彩なものを求める美意識も、日本人の大きな特色である。金地濃彩の大和絵や華麗な近世風俗画などに見られる装飾性は、日本美術の際立った特質であった。
④金色燦然たる作品においても、金地の背景や金雲の縁取りが、不要なものを覆い隠す役割を果たしている。また、室内の情景を表した「誰が袖図屏風」では、登場人物の姿がなく、一面を金地で表現する。このような金雲や金地は、華やかな装飾効果とともに、余計なものを排除する役割も担わされている。
『余白の美学』の要約&本文解説
筆者は、日本人には「余計なものを拒否する」という美意識が一貫してあるのだと主張します。
たとえば、日本の水墨画などは画面いっぱいに多くの木々を描くのではなく、何もない空間をあえて描くことにより、神秘的な雰囲気が作られています、
また、伊勢神宮なども1300年以上にわたって、無駄な装飾や彩色を拒否した簡素な造りになっています。
もちろん、一見すると派手に金色に描かれているような絵も存在しますが、そのような絵であっても、中心の題材以外の余計なものは拒否するという意識が強く見られます。
<燕子花図屏風>などは、華やかな金地の背景を使い、同時に不要なものを覆い隠す描き方がされています。また、「誰が袖図屏風」なども、一面の金地を使うことで、道具や人間などを一切消す描き方がされています。
このように、日本の芸術というのは、たとえ金雲や金地であっても、「余計なものを排除する」役割を担わされているということを筆者は述べているのです。
『余白の美学』の意味調べノート
【珍しい(めずらしい)】⇒見聞きすることがまれである。
【栽培(さいばい)】⇒植物を植えて育てること。
【摘む(つむ)】⇒つまみとる。
【かたわら】⇒そば。すぐ近く。
【一輪(いちりん)】⇒開いた一つの花。
【活ける(いける)】⇒草木を植える。
【凝縮(ぎょうしゅく)】⇒一点に集中させること。
【排除(はいじょ)】⇒不要なものや邪魔なものを取り除くこと。
【一幅(いっぷく)】⇒主に絵画や書などについて使われる言葉で、「一枚の絵」や「一つの作品」を意味する。
【神秘的(しんぴてき)】⇒普通では理解できないような、不思議で奥深い性質を持つさま。
【幽遠(ゆうえん)】⇒奥深く、はるかなさま。奥深く、遠くかすんでいるさま。
【あたかも…のように】⇒まるで…のように。
【二義的(にぎてき)】⇒根本的でないさま。それほど重要でないさま。
【清浄(せいじょう)】⇒清らかで、けがれのないこと。清潔なこと。
【簡素(かんそ)】⇒飾りけがなく、質素なこと。
【礎石(そせき)】⇒建物の土台となる石。基礎となる石。
【一貫(いっかん)】⇒始めから終わりまでつらぬき通すこと。
【隆盛(りゅうせい)】⇒勢いが盛んなこと。
【壮麗(そうれい)】⇒規模が大きくて美しいさま。
【もっぱら】⇒ひたすら。ただただ。
【評する(ひょうする)】⇒批評する。意見や評価を述べる。
【覆う(おおう)】⇒何かを上からかぶせたり、隠したりすること
【常套手段(じょうとうしゅだん)】⇒いつも決まって用いられるやり方。ありふれた方法や手段。
【他ならない(ほかならない)】⇒それ以外のものでは決してない。まさしくそうである。
『余白の美学』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①一点にギョウシュクされた絵。
②ソウレイな美術品と出会う。
③時間をギセイにする。
④ジャマなものを捨てる。
⑤店内をソウショクする。
⑥江戸時代は商業がリュウセイを極めた。
まとめ
今回は、『余白の美学』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。