自分を指す一人称の代名詞として「私」があります。日常会話だけでなく、就職活動における面接などビジネスシーンにおいても使われています。
ただ、この場合「わたし」と「わたくし」のどちらを使うのが正しいのか?という疑問があります。そこで今回は、「私」の使い方や表記の違いについて詳しく解説しました。
「わたし」と「わたくし」の違い
まず、「私」という語を辞書で引いてみます。
わたし【私】
[代]《「わたくし」の音変化》一人称の人代名詞。「わたくし」のくだけた言い方。現代では自分のことをさす最も一般的な語で、男女とも用いる。近世では主に女性が用いた。「―の家はこの近くです」「―としたことが」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「わたし」という語は、辞書だと「わたくしの音が変化したもの」と記されています。つまり、「わたくし」が元々の言葉ということです。
「わたくし」の語源は古く、平安時代中期の『源氏物語』には「わたくしにも 心のどかにまかで給へ」という文が残されています。
現在使われている熟語の「私事」「私立」「私小説」などをすべて「わたくし」と読むのも、この頃の語源だと言われいています。
一方で、「わたし」の用例は江戸時代まではありません。明治から大正、昭和になると「わたし」という語が標準化して使われるようになりました。
また、現行の常用漢字表を見ると、「私」は「わたくし・わたし」と両方書かれていますが、過去には「わたくし」としか書かれていない時期もありました。
それは「わたし」という読みは本来の読み方ではないためです。
しかし、2008年に文部科学省は「私」の訓読みとして慣用的に読まれていた「わたし」を、「わたくし」と併記することを決めました。
このような経緯もあり、現在では「わたくし」「わたくし」の両方の読み方が存在するのです。
以上から、両者の違いは「わたくし」が古くからある元々の言葉、「わたし」が新しくできた最近の言葉ということになります。
「わたし」の意味・使い方
「わたし」は、一人称を表す、ややくだけた言い方です。
漢字だと「私」と書き、主に普段の会話や日常的な文章の中で用いることができます。
日本語では、自分の事を指す一人称は数多くあります。
「私」というのは、その中でもややくだけた言い方です。つまり、堅苦しい言い方ではないものの、極端にくだけた言い方でもないということです。
例えば、「うち」や「ワシ」などはかなりくだけた一人称です。友人や身内など、自分と親しい間柄の人にしか使うことができません。
一方で、「わたし」というのは、自分の上司や先生など目上の人に対しても使うことができます。もちろん、親しい間柄の相手にも使うことが可能です。
その点で、「わたし」は、一人称を表す言葉としては最も一般的な語とも言うことができます。男性・女性問わず使うことができ、誰に対しても用いることができます。
ただ、話し手が女性の場合はごく普通の言い方になるのに対し、男性が使った場合はやや改まった印象を与えるのが特徴です。
日本人全体で考えれば最も一般的な言い方ですが、男性に関しては「僕」や「俺」を使うことの方が多いです。
「わたくし」の意味・使い方
「わたくし」は、一人称を表す形式ばった上品な言い方です。
漢字だと同じく「私」と書き、主に目上の人や自分よりも立場が上の人に対して使います。
「わたくし」は、「わたし」よりも改まった言い方なので、就職活動における面接、結婚式でのスピーチ、公的な演説などで用いられます。
【例】
- わたくしは、株式会社○○にで店舗での接客サービスを3年ほど経験してきました。
- 本日はご多用の中、わたくしたち二人の結婚式にお越しいただき、ありがとうございます。
- わたくしが政治家になったら、デフレ脱却と少子化の解消を実現する政策を行います。
逆に、日常的な会話や普段の文章の中で使うことはほとんどありません。
例えば、食堂に行って「わたくしはカレーを食べました」などとは通常言いません。改まる必要がある場面でのみ、使うようにします。
「わたくし」は丁寧な文脈で用いられるため、「ございます」「存じ上げています」などの敬語表現を併用すると思いがちでが、必ずしも敬語が必要とは限りません。
通常の文章、通常の文脈の中でも問題なく使用することができます。これはすでに説明したように、元々の言葉が「わたくし」であるからだと言えます。
なお、男女ともに使うことができるのは「わたし」との共通点です。
公用文ではどっちを使うか?
公用文に関しては、内閣府による定例会議『事務次官等会議申し合わせ』が参考になります。
公用文では、訓の認められている次のような代名詞は、原則として漢字で書くことを『事務次官等会議申し合わせ』で決定しました。
彼 私 我々
出典:『事務次官等会議申し合わせ』
よって、一般に代名詞として用いる場合は公用文では「私」と書くのが原則となります。
これに関連して、「わたし」と「わたくし」のどちらを使うのか?という問題に関しては、国語審議会が文部大臣に建議した『これからの敬語』という資料が参考になります。
1「わたし」を標準の形とする。
2 「わたくし」はあらたまった場合の用語とする。
付記 女性の発音では「あたくし」「あたし」という形も認められるが、原則としては、男女を通じて「わたし」「わたくし」を標準の形とする。
3「ぼく」は男子学生の用語であるが、社会人となれば、あらためて「わたし」を使うように、教育上、注意すること。
4「じぶん」を「わたし」の意味に使うことは避けたい。
『これからの敬語』昭和27年4月14日
要約すると、公用文に関しては通常「わたし」でよく、「わたくし」は改まった場合に用いるということです。
常用漢字表よりも前のモデルである当用漢字表では、代名詞はなるべくひらがなで書くことになっていました。
しかし、現行の常用漢字表では代名詞は基本的に漢字で書くように改定されました。そのため、ひらがな・漢字の両方とも可能ですが、特に理由がない限りは漢字で「私」と書くことを推奨します。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「“わたし”と”わたくし”の違い」⇒「わたくし」は古くからある元々の言葉で、「わたし」は新しくできた最近の言葉。
「わたし」⇒一人称を表すややくだけた言い方で、普段の会話や日常的な文章の中で使う。
「わたくし」⇒一人称を表す形式ばった上品な言い方で、就活における面接、結婚式でのスピーチ、公的な演説などで使う。
「公用文での使い方」⇒原則として漢字で「私」と表記する。ひらがなで書く場合は通常「わたし」でよく、「わたくし」は改まった場合のみ用いる。
「わたし」は、一人称を表す日本語としては最も一般的なものです。ただ、元々の由来は「わたくし」から派生したのが「わたし」です。そのため、場面によって両者を使い分けるのが正しい使い方となります。