『手の変幻』は、教科書・論理国語に登場する評論文です。そのため、高校の定期テストなどにもよく出題されています。
ただ、本文を読むと筆者の主張が分かりにくいと感じる人も多いです。そこで今回は、『手の変幻』のあらすじや100字要約、意味調べなどを簡単に解説しました。
『手の変幻』のあらすじ
①ミロのビーナスの魅力は、両腕を失っていることにある。彼女は発掘されたとき、自分の美しさのために両腕を無意識的に隠してきた。それは、部分を失うことによる全体像への肉薄であり、無数の美しい腕への暗示という心象的な表現である。失われた両腕は、ある捉え難い神秘的な雰囲気、いわば生命の多様な可能性の夢をたたえているのだ。
②僕にとって、ビーナスの両腕の復元案は、すべて興ざめたもの、滑稽なものにしか思えない。失われていることにひとたび感動した場合、もはや、それ以前の失われていない昔に感動することはできない。ここで問題なのは、表現における質の変化であり、復元は夢をはらんだ無から限定された有への変化となってしまうことだ。もし真の原形が発見されたとしら、僕は一種の怒りをもって、芸術の名においてそれを否認するだろう。
③失われたものが両腕でなければならないのは、手が人間存在における象徴的な意味を持つからだ。手が世界や他人、自己との千変万化する交渉の手段であるために、逆に、考えうるさまざまな手への想像が広がるという、不思議なアイロニーを呈示する。ほかならぬ手の欠落により、可能なあらゆる手への夢を奏でるのだ。
『手の変幻』の要約&本文解説
本文は、その内容から三つの段落に分けることができます。
まず、第一段落ではミロのビーナスの美しさに対する筆者の考えが述べられています。
筆者は、ミロのビーナスというのは両腕が失われているからこそ、見る者に多様な在り方を夢想させるのだと考えています。それは、存在すべき無数の美しい腕への暗示という不思議な心象的な表現であるとも述べています。
つまり、両腕が失われているからこそ、筆者はミロのビーナスは美しいと考えているわけです。
次の第二段落では、ミロのビーナスの復元案に対する筆者の否定的な意見が述べられています。
筆者は、もしもビーナスに具体的な二本の腕が復活してしまうと、たとえそれがどんなに見事な腕であったとしてもむなしいものになると述べています。なぜなら、両腕の復元という行為自体が、夢をはらんだ無から限定された有への変化だからです。
例えば、腕を復元しようとすると、「左手はりんごを手のひらにのせているかもしれない」「人柱像に支えられているかもしれない」「盾を持っているかもしれない」などのように、限定された有への変化になってしまいます。
逆に、両腕を復元せずに、限定されたイメージへの変化にとらわれなければ、ビーナスは見る者にとっていつまでも無限の夢をはらんだ状態でいることができます。
筆者はこのように、選ばれた有のイメージというのは、失われた無以上の美しさを生み出すことはできないと考えているのです。
第三段落では、失われたものが両腕でなければならなかった理由が述べられています。
目や鼻、乳房などではなく、なぜ両腕でなければなかったのか?それは、手が世界や他人、自己などの相互の関係を媒介するという象徴的な意味があるためです。
仮に、両腕以外の部位が欠落していたとしても、そのような相互媒介の意味やイメージを持たせることはできなかったため、筆者は、失われたものは両腕でなければならなかったと考えているのです。
『手の変幻』の意味調べノート
【魅惑的(みわくてき)】⇒美しさで人をひきつけ、惑わせるさま。
【制作者のあずかり知らぬ何物か】⇒創った人が関与しない何か。「あずかり知る」とは「関わって知る・関与する」などの意味。
【発掘(はっくつ)】⇒土の中にあるものを掘り出すこと。
【故郷(こきょう) 】⇒生まれ育った土地。
【巧まざる跳躍(たくまざるちょうやく)】⇒特殊から普遍への急激な展開が、意図してではなく、偶然にもたらせたこと。「巧まざる」とは「意図しない」という意味。
【部分的な具象の放棄】⇒ビーナスが両腕を失ったこと。「具象」は「実際の姿や形」、「放棄」は「投げ捨ててかえりみないこと」という意味。
【ある全体性への偶然の肉薄】⇒ビーナスが両腕を失うことにより、心象の領域を含む広がりを獲得したこと。「肉薄」とは「間近に迫ること」という意味。
【逆説(ぎゃくせつ)】⇒一見、真理に反するようで、実は真理を言い表している説。
【弄する(ろうする)】⇒もてあそぶ。
【豊満(ほうまん)】⇒体の肉づきがよいこと。
【典型(てんけい)】⇒本質的なものを、最もよく具体的に表している形象。
【均整の魔(きんせいのま)】⇒人の心を惑わせるほど、つりあいがとれて美しいこと。
【心象的な表現】⇒心の中にイメージとして浮かんだ表現。
【興ざめたもの】⇒面白みが失せたもの。「興ざめる」とは「しらける・感興がそがれる」などの意味。
【滑稽(こっけい)】⇒あまりにばかばかしいこと。
【失われた原形】⇒ミロのヴィーナスの元々の像の形象。
【おびただしい】⇒数や量が非常に多いさま。
【羞恥(しゅうち)】⇒恥じらい。
【否認(ひにん)】⇒事実として認めないこと。
【変幻自在(へんげんじざい)】⇒変化がすみやかで自由なこと。
【切り詰めて言えば】⇒簡単に言えば。
【千変万化(せんぺんばんか)】⇒さまざまに変化すること。
【こよなく】⇒この上なく。
【述懐(じゅっかい)】⇒思いを述べること。
【厳粛(げんしゅく)】⇒おごそかであるさま。
【アイロニー】⇒反語。逆説。
【夢を奏でる(ゆめをかなでる)】⇒不在の手が美しい夢を生み出す。
『手の変幻』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①遺跡がハックツされる。
②助走をつけてチョウヤクする。
③持っている権利をホウキする。
④チョウコクにおける美学。
⑤心境をジュッカイする。
⑥ゲンシュクな響きを持つ。
「特殊」⇒両腕を持ち、ある特定の状況や条件に縛られ、均整的な美をたたえた美術作品としてのみ価値を持つビーナス像。
「普遍」⇒両腕を失ったことで、神秘性と生命の多様な可能性の夢をたたえ、国境や時代を超えて生き続けるビーナス像。
「量の変化」=両腕の有無によって生じる物理的な変化のこと。
「質の変化」=両腕の有無によって表現される意味自体が変わってくること。
まとめ
今回は、「手の変幻」について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。