「賜物」という言葉は普段の文章やビジネス文書などでよく用いられています。「努力の賜物」「苦労の賜物」といった使われ方が一般的です。
ただ、この場合、「賜物」以外に「賜」や「たまもの」など複数の表記の仕方があります。そこで本記事では、「賜物」の意味やその他の表記との使い分けについて解説しました。
賜物・賜の意味
最初に、「たまもの」の意味を辞書で引いてみます。
たまもの【▽賜/▽賜物】
①恩恵や祝福として与えられたもの。たまわりもの。「水は天からの―」
②あることの結果として現れたよいもの、または事柄。成果。「努力の―」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「たまもの」は、辞書だと「賜」もしくは「賜物」と表記されています。したがって、辞書の表記に従うならばどちらを使っても間違いではないということになります。
「賜物」の意味は、主に二つあります。一つ目は、「恩恵や祝福として与えられたもの」という意味です。
【例文】
- 水は天からの賜物である。
- 植物を自然の賜物と考える。
- 子供は天からの賜物である。
また、目上の人と接するシーンでは「上位の人から受ける恩恵」という意味で使われることもあります。
- 今の私があるのは、先生のご指導の賜物です。
- 部長をはじめ、皆様のご協力の賜物と存じます。
そして二つ目は、「あることの結果として現れたよいよいもの・成果」という意味です。一言で言えば、「おかげ」と同じ意味です。
【例文】
- 彼が合格できたのは、努力の賜物である。
- 会社の調子が良いのは、皆様の苦労の賜物です。
- 今の彼女があるのは、これまでの努力の賜物だろう。
この意味の場合は、「努力や苦労の末に得られた結果」を表します。そのため、受験やビジネスなどで何らかのすぐれた成果を出した際に使うのが適しています。
どちらの意味でも使うことができますが、一般的には二つ目の意味として使うことの方が多いです。
賜物と賜の違い
「たまもの」という言葉は、「おかげ」という意味で「努力のたまもの」などのように使うということは述べました。
ただ、これを「賜物」と「賜」のどちらで表記すべきなのか?あるいは、ひらがなで「たまもの」と表記した方がよいのか?といった問題があります。
「たまもの」は、元々「たまいもの」が転じた言葉で、動詞「たまう」を名詞にしたのが語源です。「たまう」とは「目上の人から目下の者に与える」という意味です。
漢字としての「賜」は、現在次のような熟語の一部として用いられています。
しかし、古い文献などをみると「賞」や「賚」を「たまもの」と読む例もあります。
天皇、功を定め、賞(タマモノ)を行ひたまふ
出典:『日本書紀』北野本訓
・賚 タマ物
出典:『類聚名義抄』観智院本
「たまもの」を「賜」と書いた例は、古くは次の二つが確認されています。
・浅之進にも様様の賜ありて、不二山張抜太夫といへる官を給はり
出典:『風流志道軒伝』談義本
・季節の一つも出したらんは後世によき賜と也
出典:『去来抄』俳論
一方で、「賜物」と書いた例は次のようなものがあります。
・黒目がちな目はよく澄んでいたが、それは海を職場とする者の海からの賜物で、
出典:『潮騒』三島由紀夫
・僕に云わせると、これも余裕の賜物だ。
出典:『明暗』夏目漱石
また、夏目漱石の小説では、「賜」「賜物」「賚」の三つが使われています。さらに、芥川龍之介の作品だと漢字とひらがなが混在した「賜もの」という表記も確認されています。
わが私の餞別(はなむけ)ならず、里見殿の賜ものなるに、辞(いろ)はで納め給へと言ふ。
出典:『海のほとり』芥川龍之介
このように、古くから様々な書き方が行われてきた言葉ですが、どれも意味自体に大きな違いがあるというわけではありません。
ただ、現在の常用漢字表だと「賜」には「シ・たまわる」の音訓が掲げてあるだけです。「たま」や「たまう」の訓は掲げられていません。
したがって、常用漢字表に従うならば「たまもの」とひらがなで書くことになります。
賜物と賜の使い分け
以上の解説を踏まえますと、「タマモノ」という語は「賜物」「賜」「賜もの」など複数の表記が可能ですが、現在ではひらがなで「たまもの」と書くのが穏当であるという結論になります。
その証拠に、読み書きを専門とする新聞やテレビなどの放送業界では、ひらがなで「たまもの」と表記するのを原則としています。
また、その他の文書だと例えば、公用文でもひらがなで書くことが推奨されています。静岡県が作成している『公用文 用字・用語・送り仮名 例集』には次のように書かれています。
たまもの:「賜物」とは書かない
出典:『公用文 用字・用語・送り仮名 例集』2014年
これはつまり、「公用文に関しては、原則漢字を用いない」ということです。
上記の資料は静岡県が作成した公用文作成の基準を示したものですが、国の『文部省用字用語例』及び『文部省公用文送り仮名用語集』に準拠している、と書かれています。
さらに、標準的な公用文作成に用いることを主たる目的として編集しているとも書かれています。この事から、一定の基準に準拠した信頼性のある文書だと考えられます。
よって、公用文に関しては「たまもの」とひらがなで書くという結論に至るわけです。
なお、その他の文書に関しては必ずしもひらがなで書くことが推奨されているわけではありません。
例えば、新聞や公文書以外だと、小説文・手紙文・ビジネス文書などに関してはどれも使うことができます。
結局の所、最初の説明にもあるように、「たまもの」という語は辞書だと「賜物・賜」と表記されているため、一般に使う分にはどれを選択しても構いません。
ただ、「賜」という漢字自体は本来は「たま」や「たまもの」とは読まないので、どれを使うか?と問われれば、やはり「ひらがな」で書くということになります。
賜物・賜の類義語
最後に、「たまもの」の「類義語」を紹介しておきます。
いずれも「たまもの」と似た言葉ですが、わずかに意味が異なります。
まず「恩恵」は「恩恵を授かる」「恩恵に浴する」などのように用いますが、「たまもの」のように「苦労の末に得た良い成果」という意味までは含まれません。
また、「恩寵」は神から受ける恩恵を指す言葉で、主にキリスト教において使われるものです。
「成果」は「たまもの」とほぼ同じ意味ですが、「恩恵として与えられたもの」という意味の方は含んでいません。
「結晶」は「努力の結晶」などのように用いる語ですが、「雪の結晶」などのように物理的なものを指す場合もある点が異なります。
最後の「産物」は、「時代の産物」「長年にわたる研究の産物」などのように用い、生み出されたもの自体を指す言葉です。「産物」は、良い結果・悪い結果の両方に使われる点が「たまもの」とは異なります。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「賜物・賜(たまもの)」=①恩恵や祝福として与えられたもの。②あることの結果として現れたよいよいもの・成果。
「違い」=意味自体に違いはないが、常用漢字だと「賜」は「シ・たまわる」だけで「たま」や「たまう」などはない。
「使い分け」=一般に使う際にはどれを使ってもよいが、「たまもの」と書くのが穏当。公用文や新聞記事などでは原則「ひらがな」を用い、漢字は用いない。
「類義語」=「恩恵・恩寵・成果・結晶・産物」
「たまもの」という語は、複数の意味と表記が存在します。しかし、現在においては「良い結果や成果」を表す意味として使うことが多く、ひらがなで書くのが無難です。漢字で書いても決して誤りではありませんが、本来の音訓に沿ったものではないということだけは認識しておく必要があります。