物事を実施したり処理したりすることを「おこなう」と言います。
ただ、この場合に送り仮名の付け方が問題になってきます。つまり、「行う」と「行なう」のどっちの表記にすべきかということです。
そこで本記事では、「行う」と「行なう」の違い、公用文での使い分けなどについて詳しく解説しました。
「行う」か「行なう」か
まず、「おこなう」の意味を辞書で引いてみます。
おこな・う〔おこなふ〕【行う〔行なう〕】
①物事をする。なす。やる。実施する。
②仏道を修行する。勤行 (ごんぎょう)する。
③処理する。指図する。
④(「…におこなう」の形で)処する。付する。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
「おこなう」はデジタル大辞泉だと「行う(行なう)」と記載されています。その他の辞書や辞典を確認してみても、「行う」が先頭に書かれているものがほとんどです。
逆に、「行なう」の方が先頭に記載されているものは見当たりません。「行なう」は、後ろで()の中に補足的に記載されています。
辞書の暗黙のルールとして、「先頭に記載されているものを優先的に用いる」というものがあります。したがって、このルールに従うならば「行う」を用いることになります。
また、漢字の送り仮名の原則として「語幹を漢字で書き、活用語尾をひらがなで送る」というものがあります。
「語幹」とは「活用で変化しない部分のこと」、「活用語尾」とは「活用の形によって変化する部分」のことです。例えば、「話す」であれば「話」が「語幹」、「す」が活用語尾を表します。
今回の「おこなう」だと、次のように活用していきます。
下線部分が活用語尾なので、活用によって変化する部分のことです。よって、この送り仮名の原則を適用するならば、「行う」と書くことになります。
以上、2つの理由から考えまして、一般に使う際には「行なう」ではなく「行う」と表記するという結論を導き出せることが分かります。
公用文ではどちらを使うべきか?
公用文に関しては、文化庁による『送り仮名の付け方』通則1にそのルールが書かれています。
【本則】
活用のある語(通則2を適用する語を除く。)は、活用語尾を送る。
〔例〕 憤る 承る 書く 実る 催す 生きる 陥れる 考える 助ける 荒い 潔い 賢い 濃い 主だ
「活用語尾」とは、先述したように「活用の形によって変化する部分」のことです。上記の〔例〕で言いますと、「憤る」の「る」、「承る」の「る」、「書く」の「く」が活用語尾です。
これと同様に考えますと、「おこなう」の「活用語尾」は「う」なので、「う」の部分で送り仮名を送ることになります。
よって、公用文に関しても「行う」と表記するのが原則ということになります。
この「送り仮名の付け方」は、公用文以外だと法令文、新聞、雑誌、放送など一般の社会生活において正しい日本語を書き表す際の目安を示したものです。
したがって、例えば新聞記事などで「おこなう」を書く際も「行う」と表記するのが基本ルールとなります。
その他には、ビジネス文書や論文、契約書などに関しても原則的に「行う」の方を用いるということになります。
「行なう」も許容の表記ではある
ただし、この通則1には続きがあり、次のようにも記述されています。
【許容】
次の語は、( )の中に示すように、活用語尾の前の音節から送ることができる。
表す(表わす) 著す(著わす) 現れる(現われる) 行う(行なう) 断る(断わる) 賜る(賜わる)
つまり、「行う」を用いるのが原則ではあるものの、「行なう」の方も許容はされているということです。「許容」とは、簡単に言うと「許している」という意味です。
「おこなう」という語は原則的に「行う」と表記するのが通則2の内容でした。しかしながら、「行なう」の方も使われてはいるため、全くの間違いというわけではありません。
そのため、公用文であっても使用するのを許しているということです。
ここまでの説明で、本来は「行う」が原則ではあるものの、「行なう」を使用しても問題ないということは分かりました。
では、なぜ「行う」でなく「行なう」を使う人がいるのかという話ですが、実は元々は「行なう」の方が最初に使われていたという背景があります。
「行なう」は昔使われていた表記
「行なう」という表記は、1959年に出された『送り仮名のつけかた』(内閣告示第一号)にその詳細が書かれています。
通則 第1 動詞
1 動詞は、活用語尾を送る。 例 書く 読む 生きる 考える
ただし、次の語は、活用語尾の前の音節から送る。
表わす 著わす 現われる 行なう 脅かす 異なる 断わる 賜わる 群がる 和らぐ
さらに、この『送りがなのつけかた』には、文部科学省による「公用文送り仮名用例集」という項目が載せられています。
【文部省 公用文送りがな用例集】
1 この用例集は、「送りがなのつけ方」(昭和34年7月11日 内閣告示第1号)に基づいて、文部省における公用文に用いる書き方を示したものである。
2 送りがなを省くことのできるものについては、適宜、その省いた形を右の欄に示してある。
【行い】 行ない 行なう 行なわれる
上記の用例からも分かるように、「おこなう」という言葉は元々「な」から送り仮名を送っていました。公用文はもちろんのこと、小学校で使う教科書や新聞の表記などもかつては「行なう」と表記していたのです。
ところが、1959年から14年後の1973年に出された『送り仮名の付け方』だと、「行なう」から「行う」へと表記が逆転しています。
この14年間の間で、なぜ「行う」へ変わったのかについては、以下の資料が最も参考になります。
内閣訓令 内閣訓令第2号 各行政機関
「送り仮名の付け方」の実施について
さきに,政府は,昭和34年内閣告示第1号をもって「送りがなのつけ方」を告示したが,その後の実施の経験等にかんがみ,これを改定し,本日,内閣告示第2号をもって,新たに「送り仮名の付け方」を告示した。今後,各行政機関においては,これを送り仮名の付け方のよりどころとするものとする。なお,昭和34年内閣訓令第1号は,廃止する。
昭和48年6月18日 内閣総理大臣 田中 角榮
訓令とは、上級機関である行政機関から下級機関である別の行政機関へと発せられる命令のことです。
この訓令を読むと、昭和34年(1959年)に「送り仮名のつけかた」を告示したものの、実施や経験を参考にした結果、改訂した。と書かれています。
つまり、「行なう」という送り仮名を告示して実施したものの、最終的には「行う」に変えたということです。
漢字の使用が変わる理由というのは様々なものがありますが、一般には「慣用化(一般化)しなかったから」というのが先に挙げられます。
明確な確証は得られませんが、「その後の実施の経験等にかんがみ、」という一文から考えると、「行なう」が公用文で原則化されなくなったのもこの理由である可能性が高いです。
混同しそうな時は文脈で使い分ける
「行う」は、「う」だけを送る活用形である「行う」だけでなく「行って」「行った」「行ったり」などの形で用いられることもあります。
これらは、「て」「た」「たり」に接続する連用形であり、なおかつ促音便と呼ばれるものです。
「促音便(そくおんびん)」とは「て」「た」「たり」などの語に続くとき、促音が「っ」となることです。(例)⇒「待って」「歌った」「売ったり」など。
「促音便」になると、読み間違えが生じる可能性が出てきます。
この場合、「行って」「行った」「行ったり」は、「おこなって」「おこなった」「おこなったり」と読むのか、それとも「いって」「いった」「いったり」と読むのかが分かりません。
しかし、実際問題としては、文脈上での前後関係や前にどのような助詞が来るかによって、ある程度の判断をすることができます。
例えば、以下のような文があったとしましょう。
- 「音楽会を行って、」-「音楽会に行って、」
- 「遠足を行った。」 -「山へ行った。」
- 「仏事を行ったり、」-「買い物に行ったり、」
それぞれ左側が「行(おこなう)う」、右側が「行(い)く」と読む一文です。
見て分かるように、「音楽会」「遠足」「仏事」という単語や、「を」「に」「へ」などの助詞により、どちらであるかを判断することができるのが分かります。
ただ、場合によっては一文だけでは分かりにくいケースもあります。
【例】⇒「私たちが昨日行った運動会は、非常に楽しかった。」
この一文のみだと、「おこなった」と読むのか「いった」と読むのかまでは分かりません。しかし、これもさらに前後に文があるとするならば、どちらで読むのかは分かるはずです。
実際には、文脈を判断すれば一部の例外を除きほとんどの文では両者を読み分けることが可能です。
こういった理由もあり、最新の『送り仮名のつけかた』では、「行う」を本則とし、「行なう」を許容にしているのです。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
【一般に使う際】⇒「行なう」ではなく「行う」と表記する。
【公用文で使う際】⇒原則「行う」と表記するが、「行なう」も許容はされている。
【行うと行なうの違い】⇒「行う」は最新の原則的な表記。「行なう」は昔使われていた表記。
【読み方で混同する際】⇒前後の文脈や前にどのような助詞が来るかによって判断する。
私たちが普段に使う際には「行う」を使います。また、公用文など国の文書に関しても原則「行う」と表記します。
ただ、「行なう」も以前は使われていた表記なので、誤りというわけではありません。しかし、あえて使う必要性というのも感じませんので、通常であれば「行う」と表記することを推奨します。