『命は誰のものなのか』は、現代文の教科書に出てくる評論です。柳澤桂子による作品で、小論文のテーマとして取り上げられることもあります。
ただ、本文を読むと筆者の考えや主張が分かりにくい部分もあります。そこで今回は、『命は誰のものなのか』のあらすじや要約、語句の意味などを簡単に解説しました。
『命は誰のものなのか』のあらすじ
本文は行空きにより2つの段落に分けられていますが、その内容から7つの段落に分けることができます。ここでは、各段落のあらすじを簡単に紹介していきます。
①ヴァンサン・アンベールは、十九歳の時に交通事故に遭った。彼は母親の看病で意識を取り戻したが、自らを非常に惨めであると感じ、死を願った。彼は鎮痛剤を母に注入してもらい、死に至った。この事件にフランスの人々は衝撃を受け、母親は自殺幇助の罪に問われた。
②私もこれ以上生きられないという苦しみを味わったことがある。激しい腹痛と不整脈のために、中心静脈栄養という方法で栄養を補ったが、私にはそれが過剰医療に思え、点滴を抜いてほしいと主治医と家族に頼んだ。だが、医師が罪悪感にさいなまれるに違いないと思ったので申し訳なく思った。この時は偶然、精神科医に抗鬱剤を痛み止めとして処方され、私は苦しみから解放された。
③医学が今日のように発達していなかった頃、死の問題はこれほど複雑ではなかった。一昔前は、患者は静かに呼吸が止まり、家族や医師に見守られながら死ぬことができたのである。
④1967年のカレン事件をきっかけに、患者や家族の意識が尊重される機運が生まれた。カレンの回復の可能性がないため、両親が病院側に人工呼吸器を外すよう要求したが、病院側は拒否したため、訴えを起こし、勝訴したのである。この判決の基本原理は、患者や家族の意思を守ることにあり、医師の行為を弁護士が指示するという画期的な先例となった。
⑤オランダやアメリカのオレゴン州では「安楽死法」があり、条件を満たせば死に至る薬の処方箋を医師に書いてもらえる。だが、条件を満たせない人は苦しみ続けなければならないのだろうか?
⑥一方で、命はその人個人のものなのかという問題もある。一人の命は多くの人々の心の中に分配されて存在しており、分配された命は分配された人のものである。また、「私」という存在は四十億年の間、DNAが複製され続けて生まれたものである。これらは、命が尊いゆえんであると思う。
⑦死に対する感情、死の文化は国や地域によって違うため、よその国の法律をそのままもってくるべきではない。今後は終末期医療の問題はますます複雑になってくるだろう。どれが正しいと断言はできないだけに、さまざまな考え方に耳を傾ける環境が整うことを願っている。
『命は誰のものなのか』の要約&本文解説
筆者は、自身が病気で苦しんでいる時に、もうこれ以上苦しみに耐えられないため、治療の中止(安楽死)を主治医と家族に頼みました。この時に、家族の愛情の深さを改めて認識し、殺人を犯したような罪悪感にさいなまれる医師にも申し訳なく思ったという体験をしました。
この体験により、筆者は命が尊いものであることを悟ります。一人一人の命は多くの人々の心の中に分配されて存在しており、「私」という存在は四十億年の間、ずっとDNAが複製され続けて生まれたものだと考えるようになります。
つまり、命というのは自分個人のものではないということです。全体を通して筆者が主張したいのは、第六段落の「命は自分個人のものでない」「自分で自分の死を決めるべきではない」という箇所に集約されていると言えます。
ただ、一方で筆者は最後に、どれが正しいと断言できることではないため、さまざまな考え方にも耳を傾けるべきとも述べています。
このように、安楽死の是非について論じた文章というのは正解がないテーマなので、評論文だけでなく小論文においても出題されやすいです。実際に読む際は、筆者がどちらの考えに寄っているかを把握することが重要となります。
本作の場合は、安楽死に対して反対の立場をとった文章であることがポイントとなります。
『命は誰のものなのか』の意味調べノート
【惨め(みじめ)】⇒見るにしのびないさま。目もあてられないほど、あわれで痛々しいさま。
【看病(かんびょう)】⇒病人に付き添って世話をすること。
【鎮痛剤(ちんつうざい)】⇒痛みを取り除いたり、軽減したりするために用いる医薬品。
【自殺幇助(じさつほうじょ)】⇒人の自殺を手助けすること。「幇助」とは「手を貸すこと・手助け」という意味。
【七転八倒(しちてんばっとう)】⇒激しい苦痛などで、転げ回ってもがき苦しむこと。
【過剰医療(かじょういりょう)】⇒適切な量や費用などを超えた医療。
【死期(しき)】⇒死ぬ時。命が尽きる時。
【罪悪感(ざいあくかん)】⇒罪の意識。
【さいなむ】⇒苦しめる。苦しめ悩ます。「さいなまれる」で「苦しみ悩まされる」という意味。
【すべ】⇒手段。方法。
【処方(しょほう)】⇒医師が患者の病気に応じて薬の使用や配合を指示すること。
【機運(きうん)】⇒何かを行うのによい機会。ちょうどよい時。
【拒否(きょひ)】⇒要求を聞き入れないで断ること。
【勝訴(しょうそ)】⇒訴訟に勝つこと。
【画期的(かっきてき)】⇒今までになかったことをして、新しい時代を開くさま。
【先例(せんれい)】⇒今後の基準となるような初めての例。
【安楽死(あんらくし)】⇒回復の見込みがなく死期の近い患者を、精神的・身体的苦痛から解放するために、本人の意志のもと、安楽に死なせること。
【処方箋(しょほうせん)】⇒医師が患者に与えるべき薬とその服薬法を指示した文書。
【想像を絶する(そうぞうをぜっする)】⇒想像をはるかに超えているさま。「絶する」は、ここでは「超える」という意味。
【ゆえん】⇒理由。いわれ。
【存続(そんぞく)】⇒引き続き存在すること。
【しかるべき】⇒当然である。当たり前である。
【終末期医療(しゅうまつきいりょう)】⇒死期の迫った回復の見込みのない患者に対して、治療よりも患者の心身の苦痛を和らげ、穏やかに日々を過ごせるように配慮する療養法。「終末期」とは、ここでは「人生の最後の時期」という意味。
『命は誰のものなのか』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①母親をカンビョウする。
②チンツウ剤を注入する。
③苦しみにタえられない。
④権力にテイコウする。
⑤カッキテキな発明をする。
⑥自分の身に危険がセマる。
⑦会社のソンゾクが危ぶまれる。
次の内、本文の内容を表したものとして適切でないものを選びなさい。
(ア)筆者は病で苦しんでいる時に、治療の中止を主治医と家族に頼んだが、家族の驚きは予想をはるかに超えており、家族の愛情の深さを認識した。
(イ)医学が発達した今日では、昔なら確実に死に至ったであろう重い脳梗塞の人が植物状態になることがある。
(ウ)カレン・アン・クインラン事件での判決は、医師の行為を弁護士が指示するという画期的な先例となった。
(エ)オランダやアメリカのオレゴン州では、「安楽死法」が制定されており、患者に激しい苦痛があれば、無条件で医師に死に至る薬の処方箋を書いてもらえる。
まとめ
以上、今回は『命は誰のものなのか』について解説しました。ぜひ定期テストなどの対策として頂ければと思います。