太宰治 水仙 意味調べノート 語句調べ 漢字 破った理由 テスト問題

『水仙』は、太宰治によって書かれた文学作品です。教科書・文学国語にも掲載されることがあります。

ただ、本文を読むとその内容や登場人物の心理が分かりにくいと感じる部分も多いです。そこで今回は、『水仙』のあらすじやテーマ、語句調べなどを簡単に解説しました。

『水仙』のあらすじ

 

あらすじ

僕は、子どものころに読んだ「忠直卿行状記」という物語を長いあいだ忘れられずにいた。若い殿様が、家来の「負けてあげるほうも楽になった」という私語を聞き、真実を求めて家来に真剣勝負を挑み、やがて乱心していく話である。僕は最近になって、「もしかすると殿様こそ本当の名人だったのではないか」「家来の私語こそ卑しく間違っていたのではないか」と考えるようになり、天才が自分の真価を信じられず不幸になる怖さを思って胸がざわついた。

そんな思いにかられたのは、身近で似たような出来事が起きたからだ。僕の「忠直卿」は、三十三歳の女性・草田静子である。草田家は、僕の生家よりも身分も財産もはるかに上で、まさに「殿様と家来」の関係だった。若いころは草田家に出入りしていたが、貧乏生活を始めると僕はひがみに満ち、富裕な家との交際を避けるようになった。

数年前、静子夫人から「あなたの小説の読者です」と招待状をもらい、僕は有頂天になって正月の草田家を訪ねた。しかし、夫人の「あたしはいただきません」という冷ややかな返答や、蜆汁の貝を食べた僕への驚きが、僕の小さな矜持を深く傷つけた。それ以来、僕は草田家を避けていた。

ある日、草田惣兵衛が突然、僕の家を訪れる。「静子が来ていませんか」と言う。夫人は家出し、「あたしは天才だ」と言い残したらしい。実家の破産を恥じて心がゆがみ、さらに夫が洋画を習わせ、過剰に褒めそやしたことで、周囲の「おだて」が薬のように効きすぎて、夫人は本気で自分を天才と信じ込んだのだという。

その話を聞いたとき、僕はふと恐ろしくなる。僕自身が、「家来の卑しい私語」のようなものを静子夫人に向けていたのではないか。劣等感から、彼女の才能を正しく見ることができず、心の中で軽んじていたのではないか。忠直卿の物語と重ね合わせながら、僕は自分の中の卑しさと、見抜けなかったものへの不安を痛切に感じるのだった。

『水仙』のテーマ・本文解説

 

太宰治の『水仙』は、「他人の評価が人を狂わせる怖さ」と「自分の卑しさに気づく痛み」を描いた作品です。

物語の語り手である「僕」は、子どものころに読んだ「忠直卿行状記」という物語を思い出します。この物語では、殿様が家来の軽い私語を真に受け、真実を求めすぎて乱心してしまいます。僕はその話を忘れられず、「天才が自分を信じられない悲劇」として胸に残していました。

しかし、最近になって身近に似た出来事が起こります。それが、草田静子という女性の家出です。静子夫人は、もともと上流階級の出で、自信のない性格でした。ところが夫に洋画を習わされ、必要以上に褒められ続けたことで、「おだて」が薬のように効きすぎ、自分を「天才だ」と思い込むようになります。そしてついには家を出てしまい、周囲を驚かせます。

この出来事を聞いて、僕は恐ろしくなります。なぜなら、貧乏になってから自分が草田家を避け、ひそかに静子夫人を見下していたことに気づくからです。殿様の心を狂わせた「家来の卑しい私語」のように、自分もまた卑しい気持ちを相手に向けていたのではないか、と反省します。

この作品のテーマは、「人の心は、他人の言葉や態度で簡単にゆがむ」という点にあります。たとえば、クラスで誰かをほめすぎたり、逆に軽くバカにしたりすると、相手の自己評価が大きく変わることがあります。静子夫人も、まさにその典型です。そして僕は、そのゆがみの原因に自分も関わっていたかもしれないと気づき、深い不安を抱くのです。

太宰治はこの作品で、「他人を評価するときの責任」と「自分自身の卑しさを見つめることの痛さ」 を描いています。人間の心がどれほど繊細で揺れやすいかを教えてくれる作品だと言えるでしょう。

『水仙』の意味調べノート

 

【行状記(ぎょうじょうき)】⇒ある人物の日頃の行いや生活の様子を書き記したもの。「行状」とは「日頃の行い」という意味。

【真剣勝負(しんけんしょうぶ)】⇒木刀や竹刀ではなく、本物の刀を使って行う勝負。

【負け惜しみ(まけおしみ)】⇒負けた悔しさをごまかすための言い訳。

【罵倒(ばとう)】⇒ひどい言葉で相手をののしること。

【ひねこびた】⇒変にませて素直でない。

【慄然(りつぜん)】⇒恐怖で身がすくむさま。

【惨事(さんじ)】⇒ひどく悲惨な出来事。

【確乎不動(かっこふどう)】⇒しっかりと定まって動かないさま。「確乎」は「確固」と同じ意味。

【煩悶(はんもん)】⇒心の中で色々と悩み苦しむこと。

【俗人(ぞくじん)】⇒お金儲けや名誉にとらわれているつまらない人。

【凡才(ぼんさい)】⇒特別な才能のない平凡な人。

【卓抜(たくばつ)】⇒すぐれていること。抜きんでていること。

【隔絶(かくぜつ)】⇒全く隔てられてつながりがないこと。

【長屋住居(ながやずまい)】⇒長屋での生活。庶民的な暮らしぶりのこと。

【生家(せいか)】⇒生まれ育った家。

【聞こえもいい(きこえもいい)】⇒聞いたときの感じがよいこと。

【没落(ぼつらく)】⇒家や身分などが衰えて、落ちぶれること。

【嗣ぐ(つぐ)】⇒「継ぐ」と同意。家督や地位などを受け継ぐこと。

【ひがみ根性(ひがみこんじょう)】⇒ねたみや嫉妬の心。

【その日暮らし(そのひぐらし)】⇒その日その日を暮らすこと。先の見通しのない貧乏な暮らし。

【悪徳(あくとく)】⇒道徳に反すること。

【ふやけた気持ち(ふやけたきもち)】⇒気持ちがゆるんでだらしなくなるさま。

【ほくそ笑む(ほくそえむ)】⇒密かに満足そうに笑うこと。

【揶揄(やゆ)】⇒からかうこと。あざけること。

【骨のずいに徹する(ほねのずいにてっする)】⇒心の奥底まで深く突き刺さる。

【腸が煮えくりかえった(はらわたがにえくりかえった)】⇒耐えられないほど激しく怒る。

【無心(むしん)】⇒心に迷いがなく、何も考えないこと。

【陋屋(ろうおく)】⇒粗末な家。自分の家を謙遜して言う場合にも使う。

【老耄(ろうもう)】⇒年をとって頭や体が衰えること。老いぼれた人。

【有象無象(うぞうむぞう)】⇒取るに足らない人々。いくらでもいる世間にありふれた人々。

【逆上(ぎゃくじょう)】⇒怒りで理性を失うこと。

【二の句が継げない(にのくがつげない)】⇒驚いたりあきれたりして、次の言葉が出てこない。

【品位(ひんい)】⇒人としての品のよさ。

【きざ】⇒態度や言動、服装などがわざとらしく気取っているさま。

【閉口する(へいこうする)】⇒どうにもならなくて困る。

【悪びれない(わるびれない)】⇒悪いことをしても平気な様子。

【起居(ききょ)】⇒日常の生活。

【世辞(せじ)】⇒相手に取り入るためのお世辞。

【鼻であしらわれる】⇒軽くあしらわれること。軽視されること。

【憂き目(うきめ)】⇒つらい目にあうこと。苦しい体験。

【不憫(ふびん)】⇒気の毒なこと。かわいそうなこと。

【もどかしい】⇒じれったくて歯がゆいさま。

【あさましい】⇒みじめで見るに堪えない。

【虚飾(きょしょく)】⇒中身が伴わないうわべだけの飾り。

【いさむ】⇒勇気を出して行動する。

【面罵(めんば)】⇒面と向かってひどくののしること。

【無茶(むちゃ)】⇒道理に合わないこと。非常識なこと。

【用箋(ようせん)】⇒書きものに使う紙。手紙に用いる便箋。

【デッサン】⇒絵や彫刻などの作品のもとになる下絵。

【驚愕(きょうがく)】⇒非常に驚くこと。ぞっとすること。

【おべっか】⇒相手の機嫌をとるための言葉。

『水仙』のテスト対策問題

 

問題1

次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。

ケンドウ部に入る。

②仕事のオウギを学ぶ。

③友人をショウカイする。

④名画をカンショウして泣いた。

⑤彼はただボウカンしているだけだった。

解答①剣道 ②奥義 ③紹介 ④鑑賞 ⑤傍観
問題2「ひねこびた自尊心」とはどのような気持ちか?
解答殿様に試合で負けても自分たちの力不足を素直に認められず、ことさらに殿様を見下してその場だけの自己満足を得ようとするような気持ち。
問題3「僕はことさらに乱暴な口をきいた。」とあるが、なぜか?
解答正月に訪ねたときに大恥辱を受けたことを忘れておらず、さらに周囲におだてられた静子夫人が自分のことを「天才だ」と口走って家を出た話を聞き、軽蔑の気持ちを抱いていたから。
問題4

次の内、本文の内容を表したものとして最も適切なものを選びなさい。 

(ア) 僕は、草田夫人の家で受けた小さな恥辱や侮辱をずっと忘れられず、草田家の不幸に対しても同情することができなかった。

(イ) 草田夫人は、経済的な理由から家出したが、最終的には病気により生活の自由を制限される結果となった。

(ウ) 僕は、幼少期に読んだ「忠直卿行状記」の物語を通じて、天才と凡才の違いや、天才が自らの能力を信じられない不幸について考えた。

(エ)僕は、草田夫人の行動に全く関心を持たず、単に「忠直卿行状記」の物語を回想するだけだった。

解答(ウ)
問題5静子夫人の絵を見たとき、「僕」がそれを「引き裂いた」とあるが、なぜ破ったのか?僕が絵を破った理由を考察しなさい。
解答僕は静子夫人の絵を見て、その出来の素晴らしさを認めながらも引き裂いた。これは、画伯など静子夫人を破滅に追い込んだ周囲の人々への抗議として行ったとも考えられる。また、絵をすべて破り捨てたという静子夫人であれば、一枚の絵であっても画伯の元に残したくないはずだと推し量り、彼女に代わって破った行為とも読める。さらに、僕は自身の役割を「あさましい負け惜しみを言っていた家来」と述べていることから、自分より優れた才能を持つ芸術家への嫉妬心やひねくれた自尊心が動機となっているとも解釈できる。本文中の「つまらない絵じゃあありませんか…」という台詞が、その心情を示している。なお、作者自身も「読者の推量にまかせる」ともあるように、正解は一つではないと考えられる。

まとめ

 

今回は、太宰治『水仙』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。