「あずかりきん」という語を漢字で書く場合、一つの問題が生じます。
それは、「預り金」と「預かり金」のどちらで書くのかということです。つまり、「り」だけを送るのか、もしくは「かり」と送るのかという問題です。
そこで本記事では、「預り金」と「預かり金」の違いや公用文での使い分けについて詳しく解説しました。
「預り金」と「預かり金」の違い
まず最初に、そもそもなぜ二つの表記が存在するのかということに触れておきます。
「あずかりきん」は、「あずかり」+「きん」から成る言葉で、「あずかり」は「あずかる」という動詞の連用形に該当します。
この「あずかる」は五段活用であり、「あずか」が語幹で、「る」が活用語尾です。
漢字の送り仮名の原則として「語幹を漢字で書き、活用語尾をひらがなで送る」というものがあります。
「語幹」とは「活用で変化しない部分のこと」、「活用語尾」とは「活用の形によって変化する部分」のことです。例えば、「走る」であれば「走」が語幹、「る」が活用語尾です。
よって、この原則に従うならば「あずかる」は「預る」と「る」だけを送ればよいことになります。
ところが、「あずかる」という自動詞に対し、下一段活用の他動詞「あずける」があります。「預ける」は「ける」が活用語尾であることから、同じ原則に従うならば「預ける」と書くことになります。
そのため、「預る」と「預ける」のどちらの表記に従えばよいのかという問題が生じるわけです。
原則として「預かり金」と表記する
このような、自動詞と他動詞の対応のある語に関しては、文化庁が出している『送り仮名の付け方 通則2』が参考になります。以下、実際の引用文です。
【本則】
活用語尾以外の部分に他の語を含む語は、含まれている語の送り仮名の付け方によって送る。
〔例〕 (1)動詞の活用形又はそれに準ずるものを含むもの。
動かす〔動く〕 照らす〔照る〕 語らう〔語る〕 計らう〔計る〕 向かう〔向く〕~(以下略)~ 起こる〔起きる〕 落とす〔落ちる〕暮らす〔暮れる〕 冷やす〔冷える〕 当たる〔当てる〕
最初の「活用語尾以外の部分に他の語を含む語」とは「語幹に他の語を含む語」という意味です。そして、「含まれている送り仮名の付け方によって送る」とは「語幹に含まれている他の語と同様に送り仮名を付ける」という意味です。
すなわち、上記の文を要約すると「語幹に他の語を含む語は、含まれた他の語によって送り仮名を付ける」となります。
「あずかる」は語幹に他の語を含む語なので、含まれた他の語(あずける)によって送り仮名を付けることになります。
そのため、「あずかる」は「預かる」と表記するのが本則による送り方となります。そして、「あずかり」もこれに準じて「預かり」と表記することになります。
なお、通則2には本則の他に「許容」があり、次のようにも書かれています。
【許容】
読み間違えるおそれのない場合は、活用語尾以外の部分について、次の( )の中に示すように、送り仮名を省くことができる。
〔例〕浮かぶ〔浮ぶ〕 生まれる〔生れる〕 押さえる〔押える〕 捕らえる〔捕える〕 晴れやかだ〔晴やかだ〕 積もる〔積る〕 聞こえる〔聞える〕 起こる〔起る〕 落とす〔落す〕 暮らす〔暮す〕 当たる〔当る〕 終わる〔終る〕 変わる〔変る〕
つまり、読み間違える恐れのない場合は「あずかる」を「預る」と表記してもよいということです。
また、通則2以外の通則4にも「許容」があり、読み間違える恐れのない場合は「預り」とすることができると書かれています。
以上の事から、「あずかりきん」は「預かり金」と書くのが原則であり、「預り金」は許容範囲の表記ということになります。
公用文では「預り金」と表記する
公用文に関しては、内閣訓令『公用文における漢字使用について』という資料が参考になります。以下、実際の抜粋文です。
2 送り仮名の付け方について
(1) 公用文における送り仮名の付け方は、原則として、「送り仮名の付け方」(昭和48年内閣告示第2号)の本文の通則1から通則6までの「本則」・「例外」、通則7及び「付表の語」(1のなお書きを除く。)によるものとする。ただし,複合の語(「送り仮名の付け方」の本文の通則7を適用する語を除く。)のうち、活用のない語であって読み間違えるおそれのない語については、「送り仮名の付け方」の本文の通則6の「許容」を適用して送り仮名を省くものとする。なお、これに該当する語は,次のとおりとする。
明渡し 預り金 言渡し 入替え 植付け 魚釣用具 受入れ 受皿 受持ち 受渡し 渦巻 打合せ 打合せ会~以下略
公用文については、「常用漢字表」が内閣告示として出た日と同じ日(昭和56・10・1)に「事務次官等会議申合せ」の「公用文における漢字使用等について」において、その内容が記されました。
要約すると、「公用文は本則ではなく、許容の表記を適用して送り仮名を付ける」というものです。
そして、その例の中には「預り金」という表記がはっきりと記されています。よって、公用文で「あずかりきん」を用いる場合は「預り金」と書くことになります。
ただし、この原則には例外があり、次のようにも記されています。
3 その他
(1)1及び2は、固有名詞を対象とするものではない。(2)専門用語又は特殊用語を書き表す場合など,特別な漢字使用等を必要とする場合には,1及び2によらなくてもよい。(3)専門用語等で読みにくいと思われるような場合は、必要に応じて、振り仮名を用いる等、適切な配慮をするものとする。
つまり、固有名詞や専門用語などの特殊な形で用いる場合は例外的に「預かり金」と書いても構わないということです。
例えば、団体名や商品名などの固有名詞、会計の専門用語として用いる場合などが例外に当てはまります。このような例外に当てはまらない場合は、公用文は原則として「預り金」と表記するのが正しいです。
報道界・学校教育界での表記は?
新聞やテレビなどの放送業界および小中学校の教科書などにおいては、原則として「送り仮名の付け方」の本則によることとなっています。
したがって、例えば新聞記事などで「あずかりきん」を用いる場合は「預かり金」と表記することになります。その他、「あずかる」に関しても原則として「預かる」と表記するのが基本ルールです。
一般に漢字というのは、送り仮名をすべて振る傾向にあります。これはなぜかと言いますと、「預る」と書くよりも「預かる」と書いた方が読みやすいですし、読み間違える恐れも少ないためです。
そのため、通常であれば「預かる」と書かれることが多いのです。特に、読み書きの世界であるメディアにおいては、この傾向が強くみられます。
よって、分かりにくい場合は公用文のみ「預り金」と表記し、それ以外の文章に関しては「預かり金」と表記すると考えれば問題ありません。
「あずかる」に関しても同様に、一般に使う際には「預かる」と表記し、公用文のみ「預る」と表記すると考えればよいです。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「預り金と預かり金の違い」=自動詞「あずかる」と他動詞「あずける」により、送り仮名を付けたため生じたもの。
「一般に使う際」=「預かり金」と表記する。
「公用文で使う際」=「預り金」と表記する。
「預り金」と「預かり金」の意味自体に違いはありません。一般的な文章や新聞記事、学校教育などにおいては、「預かり金」と表記します。ただし、公用文に関しては「預り金」と表記するのが原則となります。