記憶した文章を何も見ずに口に出して言うことを「あんしょう」と言います。ただ、この場合に漢字の表記の仕方が問題になってきます。
「暗唱」「暗誦」「諳誦」など複数の漢字が存在するためです。また、似たような言葉で「暗記」も使われています。
本記事では、これらの言葉の違いや使い分けについて詳しく解説しました。
暗唱・暗誦・諳誦の意味
まず最初に、「あんしょう」を辞書で引いてみます。
あんしょう【暗唱/暗×誦/×諳×誦】
⇒暗記したことを口に出して唱えること。あんじゅ。「詩を―する」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
上記のように、「あんしょう」という言葉は「暗唱」が表記されており、「暗誦」と「諳誦」は「×」と記述されています。
したがって、国語辞典の表記に従うならば「暗唱」を使うことになります。
元々、「暗」という字は「くらい・先がない・ものがみえない」などの意味として使われていました。また、場合によっては「そらんじる」という意味としても使われることもありました。
「そらんじる」とは「そらにすること」を表し、「書かれたものを見ないで口に出して言うこと」です。
そして、「唱」という字は「うたう・となえる・声を出してものを言う」の意味がありました。
この両者が合わさることで、現在の「暗記したことを口に出して唱えること」という意味になったと言われています。
また、「暗誦」の「誦」ですが、「誦」にも「となえる・口に出して言う・声を出して読む」などの意味があります。比較しても分かるように、「唱」とほぼ同じ意味です。
ここから同じく、「暗誦」も「何も見ずに口に出して言うこと」という意味で使われていたということです。
最後の「諳誦」は当て字で、元は「あんじゅ」と読んでいました。しかし、現在では「あんしょう」とも読める漢字です。
暗唱・暗誦・諳誦の違い
では、それぞれの「あんしょう」は全く同じ言葉なのか?と問われるとそうではありません。
「誦」は、漢音だと「ショウ」、呉音だと「ジュ」と読みます。対して、「唱」は漢音、呉音ともに「ショウ」と読みます。
すなわち、「唱」の方は「ジュ」とは読まないということです。
中国の古い文献には、「暗誦・諳誦」があり、日本には「闇誦」もあります。「暗誦」は「あんじゅ」とも読まれ、古くから用いられてきました。
特に小説文などの文芸作品では「暗誦」が用いられています。以下、実際の引用文です。
岡田は虞初新誌(ぐしょしんし)が好きで、中にも大鉄椎伝(だいてつついでん)は全文を暗誦することができるほどであった。
出典:森鴎外『雁』
よく忘れずに暗誦したものですね。
出典:夏目漱石『吾輩は猫である』
女は此(こ)の句を生まれてから今日迄(まで)毎日日課として諳誦した様に一種の口調を以て誦(じゅ)し了(おわ)った。
出典:夏目漱石『倫敦塔』
忽(たちま)ちシエレーの雲雀(ひばり)の詩を思ひ出して、口のうちで覚えた所だけ暗誦してみたが、覚えて居る所はニ三句しかなかった。
出典:夏目漱石『草枕』
まへに何回となく言って言ひ馴れているような暗誦口調であって、~
出典:太宰治『ダスゲマイネ』
見て分かるように、ほとんどの表記が「暗誦」となっています。場合によっては、「諳誦」と表記することもありますが、その多くが「暗誦」です。
小説文などで「暗唱」と表記されているものは見当たりません。
これはなぜかと言いますと、戦後の一連の漢字改革により後から使われるようになったのが、「暗唱」という表記だからです。
元々、戦前までは「暗誦」と「諳誦」だけが使われていました。
ところが、昭和31年の国語審議会で『同音の漢字による書き換え』が掲げられ、「暗誦・諳誦」⇒「暗唱」と表記することが決まりました。
これ以降、「暗唱」という書き方はそれまで用いられていなかったにも関わらず、積極的に使われるようになったということです。
以上のような経緯もあり、現在では「常用漢字表」には「誦」の字は掲げられていません。また、「諳」という字も掲げられていません。
ただ、常用漢字に含まれていないからと言って、漢字の使用が禁止されているというわけではないので、一般に使う際にはどの漢字表記も使うことができます。
公用文での使い分けは?
公用文では、原則として「暗唱」を用いるのが正しいです。
国や地方自治体などが作成する公的な文書は、常用漢字か否かという基準によって漢字の使用を決めています。これは教育機関のトップである文部科学省が基準を決めているからに他なりません。
そのため、基本的には常用漢字を使用するのがルールとなっているのです。これらの文書では、常用漢字外の「暗誦」や「諳誦」は使わないようにして下さい。
また、新聞や放送などのマスメディアの分野でも原則として「暗唱」を用いるのが望ましいです。
会社の方針などにもよりますが、だいたいの新聞社は常用漢字を優先的に使うことを決めています。よって、この場合も「暗誦」や「諳誦」は使わないということです。
暗唱と暗記の違いとは?
似たような言葉で「暗記」がありますが、「暗記」自体は常用漢字内なのでどの場面でも使うことができます。
「暗記」とは「文字や数字などで記した内容を、目で見ずにすらすらと言えるように覚えること」です。
使い方としては、「英単語を暗記する」「数式を暗記する」などのように用います。
「暗唱」と「暗記」の違いですが、「暗唱」は「覚えた内容を口に出して唱えること」なのに対して、「暗記」は「内容自体を覚えること」を意味します。
つまり、「暗記」の方は「覚える」という行為自体を指す言葉ということです。
「暗記」は「覚える行為」なので、頭の中で覚えたり紙に書いて覚えたりする具体的な行為を指します。
場合によっては、口で唱えながら覚えるという人もいますが、必ずしも口に出すとは限りません。
一方で、「暗唱」は「唱える」という字が入るように「口に出して唱えること」です。実際に口に出すことにより、覚えた内容の確認作業を行うのが「暗唱」ということです。
よって、両者の関係性を一言で言うならば「暗記した後に暗唱する」と言うことができます。
まとめ
以上、本記事のまとめです。
「暗唱・暗誦・諳誦」=暗記したことを口に出して唱えること。
「違い」=意味自体に違いはない。「唱」は常用漢字内だが、「誦」と「諳」は常用漢字外。
「使い分け」=公用文・新聞・放送業界などでは、「暗唱」を用いるようにする。
「暗記との違い」=「暗記」は「覚える」という行為自体を指す。(暗記した後に暗唱する)
本来は「暗誦」と表記していましたが、戦後の漢字制限を受けたことにより代用で使われるようになったのが「暗唱」です。そのため、一般に使う際にはどれを使っても構いません。ただ、公用文などでは「暗唱」を用いるのが原則となります。