『サーカス』は、中原中也に書かれた詩です。教科書・文学国語にも取り上げられています。
ただ、実際にこの作品を読むと意味が分かりにくいと感じる箇所も多いです。そこで今回は、『サーカス』についてわかりやすく解説しました。
『サーカス』の全文
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
安値いリボンと息を吐き
観客様はみな鰯
咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外は真ッ闇 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
『サーカス』の意味調べノート
【幾時代かがありまして(いくじだいかがありまして)】⇒人類の、日本の、世の中の、そして作者自身の時代が存在したということ。
【茶色い戦争(ちゃいろいせんそう)】⇒セピア色のように曖昧で中途半端な過去の記憶(茶色)と、日清・日露などの歴史的戦争、さらに作者自身の人生を切り開く戦い(戦争)を重ねた象徴。
【今夜此処での一と殷盛り(こんやここでのひとさかり)】⇒「殷盛り」とは「にぎわい」や「盛り上がり」を意味する言葉。この表現は、サーカス興行が今まさに最高潮の盛り上がりを迎えている様子を表している。しかし同時に、それが「今夜限り」で終わる一時的なにぎわいであることを暗示しており、華やかさの裏にあるはかなさや孤独も感じさせる。
【汚れ木綿の屋蓋のもと(よごれもめんのやねのもと)】⇒汚れた木綿で作られた屋根の下。粗末で貧しいサーカス小屋の象徴で、作者自身の不安定で狭い文学世界や人生の苦労を表す比喩表現。
【ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん】⇒空中ブランコの揺れと、その後に続く落下傘のようなテント小屋全体の揺れを表す擬態語。対照的な屋外と室内をつなぐ役割を持ち、同時に作者自身の心の不安定さや内面の叫びを象徴している。
【それの近くの白い灯が(それのちかくのしろいひが)】⇒「それ」は空中ブランコを指す。天井には「白い灯」が点されているが、ブランコが揺れるため、リボンのように尾を引いて見えている。
【観客様はみな鰯(かんきゃくさまはみないわし)】⇒個々の意志や自分らしい判断力を持たず、ただ流されるだけの人々を「鰯」に例え、作者の周囲や同時代の人々が「大衆」としてしか存在できないことを皮肉った比喩的表現。
【咽喉が鳴ります牡蠣殻と(のんどがなりますかきがらと)】⇒観客の咽喉(のど)が鳴る音を「牡蠣殻」と結びつけた表現。これは、観客が心の余裕や繊細さがなく、ただ牡蠣殻が擦り合わさるときのような「ガラガラ」という機械的な音しか出せなくなっていることを象徴的に描いた表現。同時に、作者が自らの文学が十分に理解されないもどかしさや、周囲の無理解を暗示している。
【屋外は真ッ闇 闇の闇(やがいはまっくら くらのくら)】⇒サーカス小屋の外の世界(作者の心の外や文学的世界以外)には、まったく光明は見つけられないことを表している。「真ッ闇」と「闇の闇」を重ねることで、外界の閉塞感や絶望感を強調し、狭いサーカス小屋(作者の文学的世界)との対比が際立っている。この表現は、外界には希望がなく、作者の文学世界が孤立している状況も象徴している。
【夜は劫々と更けまする(よるはこうこうとふけまする)】⇒夜がひたひたと長く、果てしなく更けていく様子を表す表現。「劫々と」は「永遠に、どこまでも」という意味。ここでは、戦争後の不安定で暗い時代や、未来への不安、逃れられない時間の流れを象徴しており、作者の心情の孤独や絶望感とも結びついている。また、「劫々」という言葉の響きが、時間の重さや圧迫感を強調し、詩全体の陰鬱で不安定な雰囲気を高めている。
【落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと】⇒戦争や社会の混乱の中で、人間の運命が予測できず揺れ動くことを象徴した表現。「落下傘」はここでは「サーカス小屋」と形が似ていることから表現したものと考えられる。また、「ノスタルジア」は「過去や故郷を懐かしむ気持ち」を表す。「落下傘」が手の届かないあこがれの世界の象徴でもあることから、手が届かないことへの恨みの気持ちも込めて「奴」を付けている。全体として、落下傘(パラシュート)のように不安定に降りていく存在、つまり人生や運命のはかなさ、不安定さを表現している。
『サーカス』の解説&考察
中原中也の詩『サーカス』は、1929年に雑誌「生活者」10月号に掲載され、作者が22歳の時に書かれた作品です。この詩は、第一次世界大戦後の混乱や社会不安の時代を背景に、人間の生と死、そして人生のはかなさを描いています。
まず、冒頭の「幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました」という表現は、直接的に戦争を描写しているわけではありませんが、戦争や社会の混乱を象徴しています。
「茶色い戦争」の「茶色」は、セピア色のように曖昧で中途半端な過去の記憶を表し、戦争の記憶や作者自身の人生の戦いを象徴しています。また、「冬は疾風吹きました」という表現は、自然の厳しさとともに人生の困難や不安定さも象徴しています。
詩の舞台は、戦争を経た後のサーカス小屋です。「高い梁」「一つのブランコ」といった描写から、立派な舞台ではなく、貧しい芸人たちが必死に曲芸を披露する小屋であることがわかります。
ここでの「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という擬態語は、ブランコの揺れを表すだけでなく、作者自身の文学世界の不安定さや揺らぎも象徴しています。必死の演技をする曲芸師に自己を重ね、狭い世界で表現される自分の文学が、鰯のような観客には理解されないという悲痛さも描かれています。
高く揺れるブランコは、戦争後の不安定な社会や人間のはかない運命を象徴しています。それでも揺れ続けるブランコは、困難な時代の中で生きようとする人間のたくましさを示しています。「落下傘奴のノスタルジア」には、人間の運命の哀しみと同時に、どこか美しいものも感じられます。
この詩のテーマは、「人生のはかなさ」と「それでも続く生のゆらめき」です。暗く不安な時代の中で、人はブランコのように揺れながらも懸命に生き続けます。中也はその姿に、哀しみと同時に人間の美しさを見いだしているのです。
『サーカス』のテスト対策問題
口語自由詩 七五調
口語自由詩:話し言葉で書かれた、決まった形にとらわれない詩。
七五調:七音と五音のリズムを繰り返した、優しく優雅な印象を与える調子。
「幾時代かがありまして」という表現は、どのような情景や時間の広がりを示しているか?次の中から最も適切なものを選びなさい。
(ア) サーカスの開演前の緊張した雰囲気。
(イ) 長い歴史や過去の時代を回想している様子。
(ウ) 観客が集まってくるにぎやかな様子。
(エ)詩人が未来を想像している様子。
「茶色い戦争」には、作中の心中で「戦争」がどのような位置付けにあることが表現されているか?次の中から最も適切なものを選びなさい。
(ア)過去の貴重な思い出として、忘れることのできない出来事。
(イ)軍服を身に着けた兵士として、勇敢に立ち向かった出来事。
(ウ)セピア色の写真のように、遠く暗い過去の出来事。
(エ)戦場の土ぼこりのように、激しく荒々しい出来事。
「観客様はみな鰯/咽喉が鳴ります牡蠣殻と」という表現に込められた意味として最も適切なものを選びなさい。
(ア) 観客が冷たく無表情な存在として描かれている
(イ) 観客が生き生きと喜んでいる様子を描いている
(ウ) 観客が群れて、無個性な存在として描かれている
(エ) 観客が芸人を心から称えている様子を描いている
「夜は劫々(こうこう)と更けまする」という表現から、どのような心情が読み取れるか?最も適切なものを選びなさい。
(ア)夜の深まりに胸が高鳴っている
(イ)昔の思い出を懐かしんでいる
(ウ)サーカスの成功に満足している
(エ)永遠に続くような虚無感・寂寥感を感じている
この詩全体に共通するテーマとして、最もふさわしいものを次の中から選びなさい。
(ア)戦争の悲惨さへの告発
(イ)芸術の華やかさと儚さ
(ウ)労働者の厳しい生活への共感
(エ)幼少期の思い出の再現
まとめ
今回は、『サーカス』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。