『日常に走る亀裂』は、鷲田清一による文章です。教科書・論理国語にも採用されています。
ただ、本文を読むと筆者の主張が分かりにくいと感じる箇所も多いです。そこで今回は、『日常に走る亀裂』のあらすじや要約、意味調べなどを解説しました。
『日常に走る亀裂』のあらすじ
本文は、四つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
①わたしの身体は、物的対象の一つである。それは疑いようのないことで、西洋の科学の歴史のなかでは、長らく、身体は<機械>のモデルに沿って医学や生理学の対象として分析されてきた。だが、人の身体は物体としては知覚情報があまりにも乏しい。<わたし>の身体は、<像>としてしか体験できない。わたしの身体は<わたし>自身でもあるのに、それ全体から当のわたしは遠く隔てられているという事態がここにはある。
②<わたし>がじぶんの身体についてもっている情報は、想像よりはるかに貧弱である。身体の全表面のうち、じぶんで見える部分は限られている。<わたし>は、身体に部分的にしか関与することができない。それは<わたし>が制御できるものではない。それゆえに、身体は<わたし>にとって不安の源泉となる。<わたし>は、身体という<わたし>自身であるものにたえず翻弄されている。
③「わたしの身体」というこの幻影ともいうべき<像>は、じぶんという存在の蝶番のようなものである。化粧や装飾などと同様、着衣という習慣も、断片的な身体経験を一つの像へと縫い上げ、それによってじぶんの存在の同一性を確定するためのものである。身体はまずは衣服であるといえる。
④<わたし>の存在と<像>としての身体とのあいだの乖離や齟齬から、無数の問いが浮上してくる。この亀裂を知ることで、身体をめぐるさまざまなことが腑に落ちるようになる。最大の問題は、じぶんとじぶんのあいだの裂け目である。「反省」が哲学の始点にある作業だとすれば、この問題は哲学という方法そのものにかかわる重大なものである。
『日常に走る亀裂』の要約&本文解説
はじめに
私たちは、「自分の身体は自分のものだ」と思っています。しかし本当にそうでしょうか?
筆者は、身体と自分との間には見えない亀裂(ズレ)があることに注目し、それが深い思索の出発点になると主張しています。ここでは、その考えを簡単に整理していきます。
身体は「物」のようでいて、完全には「物」ではない
医学では、身体を「機械」のように捉え、分析してきました。確かに身体は物理的な存在ですが、私たちはそれを単なる「物」として感じているわけではありません。
私たちにとって身体は、「物」ではなく、むしろぼんやりとした「像(イメージ)」のようにしか体験できないのです。
自分の身体なのに、意外とよく知らない
私たちは自分の身体全体を見ることができません。動かそうとしても思い通りにならないことも多く、完全にコントロールできるわけでもありません。
そのため、身体はときに不安の源になる存在でもあります。
服や化粧は、「バラバラな身体」をまとめるためのもの
こうした不安に対して、人は服を着たり化粧をしたりして、バラバラな身体体験を「一つのわたし」という像にまとめようとします。
つまり、服や化粧は「これが自分だ」と確かめるための工夫なのです。
大切なのは、身体と自分のあいだの「ズレ」に気づくこと
筆者が強調しているのは、こうした工夫のさらに奥にある問題です。それは、自分の身体なのに完全には知ることも操ることもできないという、「亀裂(ズレ)」の存在です。
このズレに気づくことが、「自分とは何か」「世界とは何か」を深く問い直すきっかけになります。そしてこれは、「反省」という哲学の基本的な態度にもつながっているのです。
まとめ:ズレを見つめることから哲学は始まる
筆者は、
- 自分の身体は自分のものなのに、思い通りにならないし、全部を知ることもできない。
- その「ズレ」に注目することが、哲学や深い思索のスタート地点である。
ということを私たちに伝えようとしています。日常のあたりまえを疑うこと――そこから、本当に世界を深く知る旅が始まるのです。
『日常に走る亀裂』の意味調べノート
【哲学(てつがく)】⇒人間や世界の根本的なあり方について探究する学問。
【対置(たいち)】⇒異なるものを並べて置き、比較や対比をすること。
【もっぱら】⇒そのことだけに集中しているさま。
【トータル】⇒全体として。総合的に見た状態。
【いますこし】⇒現在の状態よりも少し程度を増すこと。
【丹念(たんねん)】⇒注意深く、ていねいに物事を行うさま。
【終生(しゅうせい)】⇒一生。
【難儀(なんぎ)】⇒苦労すること。面倒なこと。
【危うい(あやうい)】⇒今にも悪い結果になりそうで不安定な状態。
【統御(とうぎょ)】⇒全体をまとめて支配・管理すること。
【制御(せいぎょ)】⇒望ましい状態になるように抑え、コントロールすること。
【源泉(げんせん)】⇒物事のもとになるもの。起こりの原因。
【翻弄(ほんろう)】⇒思い通りにならず、振り回されること。
【断片的(だんぺんてき)】⇒全体の一部だけで、つながりがないさま。
【同一性(どういつせい)】⇒一貫して同じものであること。
【そのつど】⇒何かが起こるたびに毎回。
【脆弱(ぜいじゃく)】⇒もろくて弱いさま。
【乖離(かいり)】⇒結びつくはずのものが、かけ離れること。
【齟齬(そご)】⇒考えや意見などがかみ合わないこと。
【フィールド】⇒学問や活動などの領域・分野。
【いくばくか】⇒いくらか。多少。
【腑に落ちる(ふにおちる)】⇒納得がいく。
【数珠つなぎ(じゅずつなぎ)】⇒物事が次々と連なっているさま。
【立ち現れる(たちあらわれる)】⇒はっきりと姿や様子が見えてくる。
【言及(げんきゅう)】⇒あることに触れて述べること。
【吟味(ぎんみ)】⇒物事を注意深く調べて選ぶこと。
【反芻(はんすう)】⇒繰り返し考え、味わい直すこと。
『日常に走る亀裂』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①数学のコウギを受ける。
②ナンギな仕事が続く。
③タンネンに掃除をする。
④ヒフが乾燥してかゆい。
⑤部屋をヘダてて使う。
次のうち、本文の内容を最も適切に表しているものを選びなさい。
(ア)人間の身体は、医学的分析によってすべてを把握できるものであり、自分自身でも完全にコントロール可能な存在である。
(イ)人は身体を物として完全にとらえることができず、それによる不安を解消するために医療技術が発展してきた。
(ウ)身体は像としてしか体験できず、自分のものでありながら制御できない存在であるというズレに気づくことが、自己や世界を深く考える出発点になる。
(エ)服や化粧は他者との関係を円滑にするための社会的手段であり、身体の不完全さを隠すために用いられる。
まとめ
今回は、『日常に走る亀裂』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。