『論理的ということ』は、野矢茂樹による評論文です。教科書・現代の国語にも載せられています。
ただ、本文を読むとその内容が分かりにくいと感じる人も多いです。そこで今回は、『論理的ということ』のあらすじや要約、語句の意味などを解説しました。
『論理的ということ』のあらすじ
論理的とは、狭い意味では推論が正確にできることだ。だが、私としては、より広い意味で論理的ということを考えたい。広い意味での論理的とは、言葉と言葉はどういう関係にあるのかを的確に理解し、他の物事と関係づけられた言葉を使えることである。
逆に、非論理的とは、答えになっていない答えを返したり、すれ違いに気づかないで相手に反対したり、全然説明になっていない説明を与えたりすることだ。さらに、問いを無視したり、賛成も反対もせずスルーしたり、説明不足を気にしないといったことまでいくと、無論理的となる。論理も、夜空に散らばっている星座と同じで、言葉同士をつなぐことで、より大きな絵が見えてくるようになる。
全知全能の神々は、言語的コミュニケーションを必要としない。また、すべてお見通しなので前提から結論を導く推論も必要としない。完璧な調和のもとにいるため、神々は論理を必要としないのだ。一方で、人間同士は言語的コミュニケーションや推論、調和が必要である。したがって、論理的ではない人は仲間内の言葉しか話せない。仲間内の言葉しか話せないと、よそ者を切り捨てて排除することになり、それは危険なことであるのは言うまでもないだろう。人間は知識や考えを共有していない外部に向けて発信できる強靭な言葉を持たなければならないからこそ、論理が必要なのだ。
『論理的ということ』の要約&本文解説
筆者の主張を簡潔に言うなら、「人間というのは神々と違って論理が必要である」ということになります。
筆者はまず、論理的とは「言葉を断片的ではなく、他の物事と関連付けて捉えられること」だと述べています。例えば、相手の質問に対して答えたり、相手の言うことに賛成・反対したり、自分が述べたことに対して説明を加えたりといったことです。
こういった、言葉と言葉の関係をうまく関連付けて捉えることこそが、論理的だと筆者は考えているわけです。
そして筆者は、人間はなぜ論理的でなければならないのだろうか?と読者に対して問題提起をしています。
例えば、全知全能の神々は、言語を使ったコミュニケーションなど不要であるため、論理的である必要はありません。また、物事をすべて見通す神々は、推論なども必要としません。さらに、神々は完璧な調和のもとにいるため、反論や補足説明なども必要としません。
一方で、人間は言語コミュニケーションを必要とし、推論や反論、補足説明がないと相手に正確に物事を伝えることができません。仮に、仲間内だけの言葉しか話せないとなると、よそ者や外部の人とうまくコミュニケーションをとることができないということになります。
そのため、論理的でない人というのは、最終的には「よそ者」を切り捨てて排除することになります。筆者はこのことを危険だと問題視しています。
このように、私たち人間は、神々と違ってすべてを見通せるわけでも完璧な調和のもとにいるわけでもありません。したがって、人間というのは論理が必要だと筆者は結論づけているわけです。
『論理的ということ』の意味調べノート
【論理的(ろんりてき)】⇒きちんと筋道を立てて考えるさま。
【自認(じにん)】⇒自分で認めること。
【推論(すいろん)】⇒ある事実をもとに、未知の事をおしはかり論じること。
【断片的(だんぺんてき)】⇒まとまりがなく、切れ切れであるさま。
【駆使(くし)】⇒自由自在に使いこなすこと。
【非論理的(ひろんりてき)】⇒筋道が通っていないさま。論理に合っていないさま。
【すれ違い】⇒議論などで、論点がかみあわないこと。
【全知全能(ぜんちぜんのう)】⇒神のように、すべてのことを知り尽くし、どんなことでもできる完全な能力。
【不要(ふよう)】⇒必要でないこと。
【首を傾げる(くびをかしげる)】⇒疑問に思う。
【手間をかける(てまをかける)】⇒手数や時間をかける。
【調和(ちょうわ)】⇒全体がうまくつり合い、ととのっていること。
【まだるっこしい】⇒手間どっておそい。じれったい。
【排除(はいじょ)】⇒おしのけ取りのぞくこと。
【強靭(きょうじん)】⇒しなやかで強いこと。柔軟でねばり強いこと。
『論理的ということ』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①失敗をジニンする。
②イジワルな質問。
③スイロンが正確にできる。
④最新の技術をクシする。
⑤ダンペンテキな知識。
⑥カンペキな演技だった。
⑦障害物をハイジョする。
次の内、本文の内容を表したものとして適切でないものを選びなさい。
(ア)論理的とは、狭義では推論が正確にできることであり、広義では、言葉を断片的にではなく、関係づけて捉えることである。
(イ)非論理的とは、答えになっていない答えを返したり、すれ違いに気づかないで相手に反対したり、全然説明になっていない説明を与えたりすることである。
(ウ)全知全能の神様は、完璧に論理的であるため、前提から結論を導くような論理的な手間をかける必要がある。
(エ)論理的ではない人は仲間内の言葉しか話せないため、「よそ者」を単純に切り捨てて排除することになる。
まとめ
以上、今回は『論理的ということ』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。