物事が接触したり宝くじが当選したりすることを「あたる」と言います。ただ、この場合に漢字で表記すると送り仮名の付け方が問題になってきます。
つまり、「当る」と書くのかそれとも「当たる」と書くのかということです。そこで本記事では、「当る」と「当たる」の違い、公用文での使い分けなどについて詳しく解説しました。
「当る」か「当たる」か
まず、漢字の送り仮名は一般に「語幹を漢字表記にし、活用語尾をひらがなで送る」という原則があります。
「語幹」とは「活用で変化しない部分のこと」を指し、「活用語尾」とは「活用の形によって変化する部分」のことです。例えば、「走る」であれば「走」が「語幹」、「る」が活用語尾を表します。
今回の「あたる」だと、以下のように活用していきます。
下線の部分が活用語尾、すなわち活用によって変化する部分なので、この部分からひらがなで送るというのが先ほどの原則です。
よって、本原則を適用するならば「あたる」を一般に使う際には「当る」と表記することになります。
ではなぜ「当たる」という表記も存在するのか?という話ですが、実は「あたる」という言葉は自動詞です。これに対して、他動詞の「あてる」があります。
「あてる」は「あてナイ あてマス あてる あてるトキ あてれバ あてろ」のように活用し、「てる」が活用語尾です。ゆえに、同じ原則に従えば「あてる」は「当てる」と送り仮名を振ることになります。
この時に、自動詞である「当る」と他動詞である「当てる」を比較すると、語幹の読み方に違いが生じます。前者は「当」=「あて」ですが、後者は「当」=「あ」です。
そこで、自動詞の「当る」の読み方に混同が生じないように「当たる」という表記が生まれたわけです。
したがって、一般に使う際には「当る」と書くのが原則ですが、「当たる」も慣用的に認められているのが現状だと言えます。
公用文ではどちらを使うべきか?
公用文に関しては、文化庁が出している『送り仮名の付け方』の通則2にそのルールが書かれています。以下、実際の記述部分です。
活用語尾以外の部分に他の語を含む語は、含まれている語の送り仮名の付け方によって送る。(含まれている語を〔 〕の中に示す。)
〔例〕 (1)動詞の活用形又はそれに準ずるものを含むもの。
動かす〔動く〕 照らす〔照る〕 語らう〔語る〕 計らう〔計る〕 向かう〔向く〕~(以下略)~ 起こる〔起きる〕 落とす〔落ちる〕暮らす〔暮れる〕 冷やす〔冷える〕 当たる〔当てる〕
冒頭の「活用語尾以外の部分に他の語を含む語」とは「語幹に他の語を含む語」という意味です。
そして、「含まれている送り仮名の付け方によって送る」とは「語幹に含まれている他の語と同じように送り仮名を付ける」という意味です。
つまり、最初の一文を要約すると「語幹に他の語を含む語は、含まれた他の語によって送り仮名を付ける」となります。
例えば、最初の例にある「動かす」は次のように活用する動詞です。
「うごかす」の「語幹」は「うごか」ですが、この「うごか」は「動」を使った他の語「動く」の未然形なので、語幹に他の語が含まれていると言えます。
「動く」は、以下のように活用する動詞です。
上記のように、「動く」は語幹が「うご」です。そして、未然形の部分である「うごか」が「うごかす」の語に含まれています。
このような語幹に他の語を含む語(うごかす)は、含まれている他の語(うごく)によって送り仮名を付けることになります。そのため、「うごかす」は「動す」ではなく「動かす」と表記するわけです。
「あたる」も同様で、通常であれば「当る」と送るところを、他の語である「当てる」に合わせて、「当たる」と表記するというのが通則2の内容です。
よって、公用文に関しては「当たる」と表記するのが原則ということになります。
「当る」も許容の表記ではある
ただし、この通則2には続きがあり、以下のようにも書かれています。
【許容】
読み間違えるおそれのない場合は、活用語尾以外の部分について、次の( )の中に示すように、送り仮名を省くことができる。
〔例〕
浮かぶ〔浮ぶ〕 生まれる〔生れる〕 押さえる〔押える〕 捕らえる〔捕える〕 晴れやかだ〔晴やかだ〕 積もる〔積る〕 聞こえる〔聞える〕 起こる〔起る〕 落とす〔落す〕 暮らす〔暮す〕 当たる〔当る〕 終わる〔終る〕 変わる〔変る〕
つまり、読み間違える恐れがない場合は「当る」と表記しても問題ないと言っているわけです。
上記の例で言うと、「うかぶ」は通則2の原則に従えば「浮かぶ」と表記します。
一方で、「浮」という漢字を使った語は他に「浮く」があるため、「浮ぶ」と表記すると場合によっては「うぶ」と呼んでしまう可能性もなくはないです。
しかし、常識的に考えれば「浮ぶ」を「うぶ」と読むような人はまずいないでしょう。このような読み間違える恐れがない場合に関しては、「浮かぶ」ではなく「浮ぶ」と書いても許容しているということです。
「あたる」も同様で、公用文では原則的に「当たる」と表記しますが、「当る」と書けば大抵の人は「あたる」と読めるはずです。「ある」と読む人は普通に考えればいません。
文脈次第ですが、例えば「宝くじが当る」であれば「あたる」と読めることが分かります。
もし仮に、「ある」「あたる」などではなく「あてる」と読む場合であっても、「宝くじを当る」という一文になるはずなので、読み間違えるという恐れは低いです。
そのため、「あたる」に関しては公用文において「当る」と表記することを許容、すなわち許しているのです。
名詞だと「当たり」と表記する
なお、「当たる」を名詞化すると「あたり」となります。「あたり」については、『送り仮名の付け方』通則4にその詳細が書かれています。
【本則】
活用のある語から転じた名詞及び活用のある語に「さ」、「み」、「げ」などの接尾語が付いて名詞になったものは、もとの語の送り仮名の付け方によって送る。
〔例〕 (1) 活用のある語から転じたもの。
動き 仰せ 恐れ 薫り 曇り 調べ 届け 願い 晴れ 当たり 代わり 向かい 狩り 答え 問い 祭り 群れ 憩い 愁い 憂い 香り 極み 初め 近く 遠く
(2) 「さ」、「み」、「げ」などの接尾語が付いたもの。
暑さ 大きさ 正しさ 確かさ 明るみ 重み 憎しみ 惜しげ
つまり、「当たり」のように、活用のある語「当てる」から転じた名詞は、元の語の送り仮名に従い送り仮名を付けるということです。
ただし、この原則にも許容があると書かれています。
【許容】
読み間違えるおそれのない場合は、次の( )の中に示すように、送り仮名を省くことができる。
〔例〕
曇り(曇) 届け(届) 願い(願) 晴れ(晴) 当たり(当り) 代わり(代り) 向かい (向い) 狩り(狩) 答え(答) 問い(問) 祭り(祭) 群れ(群) 憩い(憩)
「当り」も通常であれば「あたり」と読むことができ、読み間違える恐れというのはありません。したがって、「当たり」ではなく、「当り」の表記も許容されているということです。
まとめ
以上、本記事のまとめとなります。
【一般に使う際】⇒「当る」と書くのが基本だが、「当たる」も慣用的に使われている。
【公用文で使う際】⇒原則「当たる」と表記するが、「当る」も許容はされている。
【名詞として使う際】⇒原則「当たり」と表記するが、「当たり」も許容はされている。
普段の文章で使う分にはどちらを使っても構いません。ただ、公用文などの行政に関する文章だと「当たる」と表記するのが基本ルールとなっています。「当る」も許容はされていますが、あえて使う必要性はないため、迷った場合は「当たる」と表記するようにしましょう。