「ぜんじんみとう」を漢字で書く場合、「前人未到」と「前人未踏」の二つがあります。この場合、「未到」と「未踏」のどちらを使えばよいのかという問題が生じます。
両者は同じ言葉として使ってもよいのでしょうか?本記事では、「前人未到」と「前人未踏」の違いについて解説しました。
前人未到と前人未踏の違い
まず最初に、「前人みとう」の意味から確認していきます。
「前人みとう」とは「誰もその境地に到達していないこと」または「今まで誰も足を踏み入れていないこと」を表したものです。
「未到」とは「まだ到達していないこと」、そして「未踏」とは「まだ足を踏み入れていないこと」という意味です。
よって、前者は「~の記録」、後者は「~の地」などのように用いるのが適切ということになります。
また、両者の字義の違いに注目したものとして、日本新聞協会が発行している『新聞用語集』があります。以下、実際の箇所を引用したものです。
「未到」=[主として業績・記録に]前人未到の記録・境地
「未踏」=[主として土地に]人跡未踏の地・山
出典:『新聞用語集(昭和56年・日本新聞協会)』
「未踏」の方は「前人未踏」ではなく、「人跡未踏(じんせきみとう)」と書かれています。
したがって、両者の使い分けとしては、業績や記録などに関して独創的なことをやった場合は「前人未到」と書き、地理的なものに関しては「人跡未踏」と書くということになります。
これが現在、新聞などのメディアを中心に行われている両者の使い分けということです。
国語辞典・漢和辞典では?
次に、国語辞典及び漢和辞典における両者の見出しと用例を確認してみます。
①「前人未到」と「人跡未踏」の使い分けを示したもの。⇒「新明解国語辞典<三版>・岩波国語辞典<三版>・三省堂国語辞典<三版>・新装改訂新潮国語辞典・新潮現代国語辞典)」
②「前人未踏」のみを掲げたもの。⇒「大辞典(平凡社)・広辞苑<三版>・現代国語例解辞典・大漢和辞典・学研漢和大辞典」
ただし、『大辞典』には独立見出しとして「未到」はあるが、「未踏」は掲げられていない。また、『広辞苑』では「前人未踏」の語義の②に「誰もやっていないこと。前人未到。」と同義語として扱っている。
③「前人未到」のみを掲げたもの。⇒「広漢和辞典」
④「前人未到」と「前人未踏」を併記したもの。⇒「学研国語大辞典・日本国語大辞典・言泉」
※昭和27年刊行の『明解国語辞典』の改訂版には、「未到」「未踏」の両方の見出しが挙がっているが、共に「前人~」という用例を掲げている。
上記のように、「前人未到」という言葉の取り扱い方は、国語辞典・漢和辞典によって様々です。
これは中国や日本の古典に典拠が求められない言葉なので、解釈の違いが生じているのだと思われます。
ただし、おおむね4つのパターンに分かれており、多くは「前人未到」と「人跡未踏」の使い分けを示したもの(①)です。
「前人未到」と「前人未踏」を併記したもの(④)は3つと少なく、その使い分けに言及しているものはありません。
その他の用例だと、国立国語研究所の「現代雑誌90種の用語用事」調査及び「電子計算機による新聞の語彙調査」の結果だと次のような用例も確認されています。
・偶然に運が重なって、前人未踏の秘境で、異常の信頼できたわが身を幸せに思うばかりである。(『実話雑誌』昭和31)
・前人未踏の境地を拓いてゆく、痛快な海洋ノン・フィクション。(朝日新聞昭和41年夕刊・書籍広告)
前者は地理的なものですが、後者はそうとは考えにくいです。「前人未踏」の用例はその意味が定まってはいません。
一方で、『日本国語大辞典』の「前人」の項には次のような用例があります。
・欧法拉得(ユウファラテス)の外、前人の未だ至らざる地を探らんと志ざし(中村正直訳『西国立志編』)
また、『大空海』の「じんせき(人跡・人迹)」の項には、
・人迹所至、無不臣者(史記、秦始皇紀)
とあります。
この「未だ至らざる」と「人迹の至るところ」という表現から「未到」という語が生まれたとするならば、「未到」が地理的な場合に用いられてもおかしくはないと言えます。
ただ、今も昔も「未到」に関しては「誰もその境地に到達していないこと」という意味で使われることが多いようです。
どちらが正しい漢字か?
以上の事から考えますと、原則として「前人未到」と「人跡未踏」の2つによる使い分けが妥当という結論が出せます。
すなわち、「前人未到」は業績や記録などに対して使い、「人跡未踏」は地理的なものに使うということです。
ただ、用例の項でも確認したように、「前人未踏」を使っても全くの誤りというわけではありません。
なぜなら、過去に残されている用例からは「前人未到」も確認されており、現在の辞書にも同じように併記されているからです。
しかしながら、過去の用例を比較していくと、元々は「前人未到」と「人跡未踏」という2つの言葉があったものだと思われます。
その後になって、「人跡未踏」が「前人未到」と混ざり合い、「前人未踏」という造語が生まれたのではと推測されます。
したがって、「どちらを使うのが正しいか?」と問われればやはり「前人未到」を使う方が望ましいということになります。
もちろん、「前人未踏」を使っても決して誤りではありませんが、こちらを使う際は「人跡未踏」の方を使うことをおすすめします。
「前人みとう」の使い方・例文
最後に、実際の使い方を例文で紹介しておきます。
【前人未到の使い方】
- イチローはメジャーリーグで前人未到の記録を打ち出した選手だ。
- テニスの錦織圭は日本人として前人未到の記録を残し続けている。
- 前人未到の7タイトル制覇により、彼は新たな境地へとたどり着いた。
- 100回連続で優勝なんて前人未到の新記録である。本当に感心した。
- あの時勝っていれば、前人未到の10連覇という快挙を達成していたのに。
【人跡未踏の使い方】
- 人跡未踏の地にいよいよ日本人が足を運ぶこととなった。
- 南極大陸は、人類の長い歴史上人跡未踏のままであった。
- アマゾンの奥地へ進むと、そこには人跡未踏の地が広がっていた。
- 人跡未踏の山の中で土地を切り開き、農業を行うつもりです。
- 誰も足を踏み入れたことがない人跡未踏の洞窟が発見された。
本記事のまとめ
以上、本記事のまとめとなります。
「前人未到/未踏」=誰もその境地に到達していないこと・今まで誰も足を踏み入れていないこと。
「違い」=意味自体に違いはないが、「前人未踏」の方は本来の由来ではないと考えられる。
「使い分け」=「前人未到」は業績や記録などに対して使い、「人跡未踏」は地理的なものに使う。
「前人未到」は、誰も成し遂げていないスポーツの記録などを打ち出した時によく使われます。その一方で、「未開の地に足を踏み入れる」という意味も持っています。「前人未踏」も誤りではありませんが、後者の意味として使う際は「人跡未踏」の方を使うようにしましょう。