
「空と風と星と詩」は、茨木のり子によって書かれた詩です。高校の教科書・文学国語にも掲載されています。
ただ、本文を読むとその内容が分かりにくいと感じる箇所も多いです。そこで今回は、「空と風と星と詩」のあらすじや要約、テスト問題、語句の意味などをわかりやすく解説しました。
「空と風と星と詩」のあらすじ
本文は、四つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
① 尹 東柱(ユン・ドンジュ)が書いた詩は、若者をとらえるに十分な内容を持っている。二十代でなければ絶対に書けない清冽な詩風である。彼は1945年、独立運動の嫌疑により日本検察の手によって捕らえられ、満二十七歳の若さで獄死した人である。痛恨の思いなくしてこの詩人に触れることはできない。
② 尹 東柱の全詩集が完訳され、来日から獄死までが調べられたが、真相は突きとめられなかった。日本人の誰の記憶にもとどまらなかった彼の深い孤独を思わざるを得ない。彼は生前は一冊の詩集もなく、無名の青年だった。
③ 1984年秋、日本で尹 東柱の実の弟である尹 一柱(インイルジュ)氏に会うことができた。兄の「後始末」のために多くの時間と労力を費やした弟を知り、私は改めて尹 東柱の弟を歌った詩の心を実感した。
④ 弟の口から、息子の遺骨を抱いて帰った父の話を聞いた。父君の、当時の心情を思いやる息子の言葉は、ぐさりとこちらの胸にひびいた。弟の一柱さんと話していると、その人柄にひかれ、私の脳裏に「人間の質」という言葉がゆらめき出て、ぴたりと止まった。日本と朝鮮の間の「歴史の悲哀」を改めて感じた。ともあれ、尹 東柱・一柱弟に出会えたことは、私の大きな喜びである。
「空と風と星と詩」の要約と本文解説
尹東柱の詩は、二十代でなければ書けない清冽な詩風をもち、若者をとらえる力がある。彼は独立運動の嫌疑で捕らえられ、来日から獄死まで真相も分からぬまま二十七歳で獄死した無名の青年であった。筆者は、全詩集完訳後も日本人の記憶にとどまらなかった彼の深い孤独を思った。さらに実の弟である尹一柱との出会いを通し、遺骨を抱いて帰った父の心情や「人間の質」を感じ、日本と朝鮮の間の「歴史の悲哀」を改めて実感した。
この文章の筆者は、詩人・尹東柱の詩と人生を通して、彼の純粋な生き方と、歴史の中で消された個人の重さを伝えようとしています。
尹東柱の詩は、二十代という短い青春の中でしか生まれない、澄んだ悩みや罪悪感をそのまま言葉にした点が特徴です。筆者は、彼が日本の獄中で二十七歳で亡くなった事実を重く受け止め、ただ作品を味わうだけでは足りないと述べています。
また、尹東柱は生前はほとんど名を知られない存在で、日本社会の中で深い孤独を抱えて生きていたことが示されます。詩集が後に評価された事実は、歴史が個人を簡単に埋もれさせることを表しています。
後半では、弟の尹一柱との出会いを通し、家族が背負った苦しみが語られます。父が遺骨を抱いて帰国した話は、歴史問題が抽象論ではなく、人の人生に直結する悲しみであることを教えます。筆者は兄弟の誠実な人柄から、人間の生き方そのものの「質」を感じ取り、日韓の歴史を考え直す契機としています。
このように筆者は、詩の解説だけでなく、背景となる歴史と人間関係を読者に示しています。つまりこの文章は、詩人の才能だけでなく、「歴史の悲しみ」と「人間の尊厳」を私たちに考えさせる内容なのです。
「空と風と星と詩」のテスト対策問題
次の仮名部分を漢字に直しなさい。
① ジンジョウではない暑さだ。
② シンコウ心を持って祈る。
③ セツジョクを晴らす試合。
④ センメイに記憶に残る映像。
⑤ 彼は家出をカンコウした。
① 尋常 ② 信仰 ③ 雪辱 ④ 鮮明 ⑤ 敢行
「夭折の特権」とは、どのようなことか?
長く生きていれば理想を曲げて妥協し、恥の多い生き方になって清らかな詩は書けなくなるが、それを書けるのは恥を知る前に死んだ者だけの権利だということ。
「私の気勢はそがれた」とあるが、なぜか?
自分で少しずつ尹東柱の詩を訳していたにもかかわらず、他の人が先に完訳を作ってしまったから。
「甕に入れ地下深く隠して保存した」とあるが、なぜか?
当時禁じられていたハングルで書かれたものを持っていると、日本の官憲に捕まってしまうため。
「弟の印象画」の詩だと、「幼いころのあどけない予言」とは、どのようなことばのことか?
「人になるの」ということば。
「いきおい兄である尹東柱もまた、こういう人ではなかったか?」とあるが、「こういう人」とは、どのような人か?
「もの静かで、あたたかかく、底知れぬ深さを感じさせる人格」の人。
まとめ
今回は、茨木のり子「空と風と星と詩」について解説しました。ぜひ定期テストの対策として活用していただければと思います。