
『ナイン』は、井上ひさしによる文学作品です。高校の教科書・文学国語にも掲載されています。
ただ、本文を読むとその内容や伝えたいことが分かりにくいと感じる箇所が多いです。そこで今回は、『ナイン』のあらすじや考察、語句の意味などをわかりやすく解説しました。
『ナイン』のあらすじ
井上ひさしの『ナイン』は、東京・四谷の「新道」という小さな商店街を舞台に、人と人との絆を描いた作品です。
ある日、筆者は昔住んでいた中村畳店を訪れます。畳屋の主人である中村さんとは古い付き合いで、自然と昔話になります。話題は、かつて新道にあった「新道少年野球団」のことへ移っていきました。
新道少年野球団は、商店街の子どもたち9人で作られたチームでした。彼らは新宿区の大会で決勝まで進み、延長12回の末に惜しくも準優勝します。当時、投手は英夫一人だけで、真夏の炎天下の中、長時間投げ抜きました。そのため、中村さんは「準優勝だが、実質は優勝と同じだ」と誇らしげに語ります。
やがて話は、チームメンバーたちの現在へ移ります。多くの仲間は新道を離れ、それぞれ別の人生を歩んでいました。しかし、主将だった正太郎だけは問題を起こし続けていました。正太郎は畳代をだまし取ったり、友人の自動車学校から大金を盗んだりしていたのです。そのため、中村さんは正太郎に強い怒りを抱いていました。
ところが、英夫は正太郎を完全には悪人と思っていません。英夫は、「正ちゃんのおかげで自分は本気で仕事に打ち込むようになった」と語ります。また、盗まれた側の常雄も、正太郎を警察に訴えませんでした。仲間たちは皆、どこかで正太郎をかばっているのです。
その理由は、少年時代の決勝戦にありました。炎天下の3塁側ベンチで苦しむ英夫のために、正太郎たちは交代で前に立ち、西日を遮って「日陰」を作っていたのです。仲間たちは、自分たちが暑さに耐えながらも、投手の英夫を支え続けました。その思い出が、今でも彼らの心の中に強く残っていました。
店を出た筆者は、野球場を眺めます。しかし、周囲には高層ビルが建ち並び、かつてグラウンドを照らしていた西日はもう差し込まなくなっていました。筆者はそこに、昔の人間関係や街のつながりが失われていった時代の変化を感じるのでした。
『ナイン』の本文解説
『ナイン』は何を伝えたい作品なのか
井上ひさしの『ナイン』は、一見すると「昔の少年野球チームの思い出話」に見えます。しかし、本当に伝えたいのは、「人と人との強い絆は、その後どれだけ人生が変化しても簡単には消えない」ということです。
読んでいて、「結局、正太郎は悪人なのに、なぜ英夫たちはかばうの?」と疑問に感じた人は多いと思います。実はそこがこの作品の一番大切な部分です。
正太郎は悪人なのに、なぜ嫌いになれないのか
作中の正太郎はかなりひどい人物です。仲間からお金をだまし取り、常雄の妻とも問題を起こし、周囲を不幸にしています。普通なら「最低な人間だ」で終わる話です。
しかし、英夫は、正太郎を完全には否定しません。その理由が、野球の決勝戦の場面です。
炎天下の三塁側ベンチで、投手の英夫は疲れ切っていました。すると主将の正太郎は、自分の体で日陰を作って英夫を守ります。さらに他の仲間たちも並んで日陰を作りました。
つまり彼らは、「仲間のために自分が苦しくなること」を自然にやったのです。この経験が、英夫たちの心に強烈に残っているのです。
「日陰」はこの作品の一番大事な象徴
この作品で重要なのは、「日陰」という言葉です。これは単なる暑さ対策ではありません。
日陰とは、「仲間を支えること」の象徴です。
普通、野球では自分が活躍したいと思います。しかし、新道少年野球団のナインは違いました。エースの英夫を支えるため、自分たちが西日に焼かれ続けたのです。だからこそ、英夫は「このナインにはできないことはない」と感じました。
この感覚は、部活経験がある人には少し分かるかもしれません。厳しい練習や試合を一緒に乗り越えた仲間には、簡単に説明できない特別な感情が生まれます。井上ひさしは、その「青春の結束」を描こうとしているのです。
変わってしまった街と、変わらない記憶
作品の後半では、新道の街も大きく変化します。昔は豆腐屋や魚屋が並び、人と人がつながる温かい街でした。
しかし、時代が進み、土地は売られ、住民はバラバラになります。最後には高層ビルが建ち、「西日が差さなくなった」と描かれます。
これは単なる風景描写ではありません。昔の熱い時代や人とのつながりが失われたことを表しています。
しかし、その一方で、英夫たちの中には、あの試合の「日陰」の記憶だけは残り続けています。つまり筆者は、「時代や環境は変わっても、本当に深い仲間との記憶は人生を支え続ける」ということを言いたいのです。
『ナイン』の意味調べノート
【暮れ(くれ)】⇒年末・月末・夕方など、終わりに近い時期。
【発足(ほっそく)】⇒新しく組織や団体などが作られて活動を始めること。
【膝を進める(ひざをすすめる)】⇒身を乗り出す。相手に近づいて話そうとする。
【ひきかえ】⇒それとは反対に。比べると。
【口(くち)】⇒ある仲間・種類・立場に属する人。
【素っ気のない(そっけのない)】⇒冷たく親しみが感じられない。
【勾配(こうばい)】⇒坂道などの傾き。
【宵(よい)】⇒日が暮れて間もない頃の夜。
【暮らしが立つ(くらしがたつ)】⇒生活していけるだけの収入がある。
【~の懐中をあてにする(~のふところをあてにする)】⇒相手のお金を頼りにする。
【ねぎらう】⇒苦労や努力をいたわる。
【消息(しょうそく)】⇒様子や行方、近況。
【~に通じる(~につうじる)】⇒事情をよく知っている。
【見初める(みそめる)】⇒見て気に入り、好きになる。
【能弁(のうべん)】⇒話が上手でよくしゃべること。
【口上(こうじょう)】⇒人前で述べるあいさつや話。
【性根を据える(しょうねをすえる)】⇒覚悟を決めて物事に取り組む。
【眉に唾をつける(まゆにつばをつける)】⇒だまされないように用心する。
【ひと肌ぬぐ(ひとはだぬぐ)】⇒その人のために力を貸す。
【~を立てる(~をたてる)】⇒相手を尊重して顔を立てる。
【ねんごろになる】⇒親しくなる。特に男女が親しい関係になること。
【隠居(いんきょ)】⇒仕事や役目をやめてのんびり暮らすこと。
【一目置く(いちもくおく)】⇒相手を高く評価して認める。
【精を出す(せいをだす)】⇒精一杯働く。熱心に一生懸命取り組む。
【鼻にかける(はなにかける)】⇒自慢する。
【高慢(こうまん)】⇒自分をえらいと思って、人を見下すこと。
【見すえる(みすえる)】⇒しっかり見つめる。将来まで考える。
【気圧される(けおされる)】⇒相手の勢いや迫力に押される。
【言葉を探す(ことばをさがす)】⇒何と言えばよいか考える。
『ナイン』のテスト対策問題
次の仮名部分を漢字に直しなさい。
①駅前でカンシカメラが動いていた。
②夕食にトウフのみそ汁を飲んだ。
③祖父はコウガイに家を建てた。
④田舎でインキョ生活を送る。
⑤彼は遅刻のベンカイをしていた。
①監視 ②豆腐 ③郊外 ④隠居 ⑤弁解
「厚化粧」とは、どのような様子をたとえたものか?
飲み屋、食べ物屋などの店が外見をきれいに飾りたてて、外からの客を誘いこもうとしている様子。
「外からやってくる客の懐中をあてにしないとやってゆけない」とは、どういうことか?
新道以外に住んでいる客を相手にしないと、商売が成り立っていかないということ。
「中村さんはちょっと目を伏せた。」とあるがなぜか?
九人がばらばらになったことと新道の衰退が重なって感じられたことへの寂しさを感じたから。
「中村さんはこっちの胸のうちを見抜いたように言った。」とあるが、「こっちの胸のうち」とはどのようなことか?
中村さんが新道少年野球団の四番打者で、捕手で、主将であった正太郎のことにふれたがらないのはなぜなのか、と「わたし」が疑問をもっていること。
「おじさんにはわかりません。」と英夫が言ったのはなぜか?
実際にあの決勝戦を体験した者でなければわからないのに、わかったようなことを言う「わたし」に反発したから。
「口に出すと、なにもかも嘘になってしまうような気がする」とあるが、このときの英夫はどのような気持ちか?
口に出してしまうと、心の中にある真実から遠ざかってしまうという気持ち。
「このナインにはできないことはなにもないんだ。」とあるが、英夫がこのような気持ちになったのはなぜか?理由が分かる箇所を、本文中から一文でそのまま抜き出しなさい。
自分たちは日陰なぞあり得ないところに、ちゃんと日陰をつくったんだぞ。
「だから……。」という箇所の「……」という省略された部分で、英夫はこの後何を言おうとしたと考えられるか?本文中から二行でそのまま抜き出して答えなさい。
正ちゃんは一見、悪のように見えるけど、やはり僕らのキャプテンなんですよ。結局は、僕らのためになることをして歩いているんだ。
まとめ
今回は、井上ひさし『ナイン』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として活用していただければと思います。