
『メディアと倫理』は、 和田伸一郎によって書かれた文章です。教科書・文学国語にも掲載されています。
ただ、本文を読むと筆者の主張が分かりにくいと感じる箇所も多いです。そこで今回は、『メディアと倫理』のあらすじや要約、語句の意味などをわかりやすく解説しました。
『メディアと倫理』のあらすじ
この文章は、三つの段落から構成されています。以下に、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
①写真に見られる時間の遅延という性質は、映像内の光景に対して見る者がどのように関わるかを左右する。それは、「それはかつてあった」という、写真に特有の時間性という一種の質を形づくっている。ヴェトナム戦争の少女の写真がもつ、差し迫ってくる〈近さ〉の衝撃も、写真という映像形式が備える一定の限界の範囲内にとどまっている。つまり、それが過去の一場面である以上、「ヴェトナム戦争」全体への批判意識は呼び起こされても、少女そのものに対する〈責任〉を感じずに済むのである。
②その写真の光景がライヴ中継として放送された場合、見る者は彼女を助けるべきだという責任を負う立場に置かれる。しかし、空間的な隔たりによって実際に助けることは不可能であり、〈遠く離れたまま繋がっている〉という奇妙な近さの中で、倫理的ジレンマが生じ始める。テレビ視聴者が覚える歯がゆさとは、自己の〈存在〉が、いま世界で起きている出来事に対して何もできないという状況から生まれる「挫折感」や、自分を責める感覚なのである。
③後ろめたさに似た苦痛の感覚は、映し出される視覚像そのものからだけでなく、画面がもつ形式的な次元からも生じている。いわば、向こう側の出来事が同時に「お茶の間」へ現れ、親密な空間を揺さぶることによって引き起こされる感覚である。ここにこそ、テレビに固有のメディア性が見いだされるべきだといえる。
『メディアと倫理』の要約&本文解説
本文では、写真とテレビという二つのメディアの違いが、私たちの感じる責任や倫理意識をどのように変えるのかが考察されています。筆者の主張は、映像の内容そのものではなく、映像の「形式」が人の感情や責任感を左右するという点にあります。
まず第一段落では、写真の性質が説明されています。写真は「それはかつてあった」という、すでに過去になった一瞬を写したものです。そのため、ヴェトナム戦争で被害を受けた少女の写真を見たとき、私たちは強い衝撃を受け、戦争は残酷だと感じます。しかし、「今すぐ自分が助けなければならない」という直接的な責任までは感じません。なぜなら、写真は時間が止まっており、見る者は安全な距離から出来事を見ていられるからです。
次に第二段落では、同じ少女の姿がテレビで生中継された場合が考えられます。テレビは「いま起きている出来事」を同時に伝えます。そのため、視聴者は少女を助けるべきだという責任を感じます。しかし、実際には遠く離れていて何もできません。その結果、「見ているのに行動できない」という矛盾が生じ、歯がゆさや自分を責める気持ちが生まれます。
第三段落で筆者は、この苦しさの正体を明らかにします。それは映像の内容だけでなく、遠い出来事が同時に家庭の空間へ入り込むという、テレビの構造そのものから生まれている感覚なのです。ここに、テレビ固有の倫理的問題があります。
つまり筆者が最も伝えたいのは、メディア(テレビや写真)は現実を中立的に映す存在ではなく、その形式によって、私たちの責任感や倫理意識を作り出してしまうということです。
『メディアと倫理』の意味調べノート
【端的(たんてき)】⇒わかりやすく、はっきりしているさま。
【喚起(かんき)】⇒注意・関心・感情などを呼び起こすこと。
【起爆剤(きばくざい)】⇒物事を始動・活性化させるきっかけとなるもの。
【想像するに難くない(そうぞうするにかたくない)】⇒容易に想像できる。
【派生(はせい)】⇒あるものから別のものが生じること。
【切迫(せっぱく)】⇒差し迫っていて、余裕がないこと。
【後ろめたい(うしろめたい)】⇒やましい気持ちがあり、気がとがめるさま。
【転嫁(てんか)】⇒自分の責任や負担を他人に押しつけること。
【傍観(ぼうかん)】⇒関わらず、そばで見ているだけでいること。
【ジレンマ】⇒二つの選択のどちらも選びにくく、身動きが取れない状態。
【挫折(ざせつ)】⇒途中で行き詰まり、意欲や計画がくじけること。
【歯がゆい(はがゆい)】⇒思うようにできず、もどかしいさま。
【形式的次元(けいしきてきじげん)】⇒仕組みとして現れている面。
【他ならない(ほかならない)】⇒まさにそれである。
【固有(こゆう)】⇒そのものだけが持つ、特有の性質。
『メディアと倫理』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①問題のハッタンが明らかになる。
②儀式で精霊をショウカンする。
③服に使うセンザイを買う。
④計画はシンチョウに進める。
⑤仕事を友人にイライした。
次の内、本文の内容を表したものとして最も適切なものを選びなさい。
(ア)写真もテレビも、現実をそのまま伝える中立的なメディアであり、見る者の倫理意識に本質的な違いは生じない。
(イ)写真は過去の出来事を固定するため責任意識を弱め、テレビは同時性によって視聴者に行動を可能にする点に特徴がある。
(ウ)テレビの生中継は、遠い出来事を同時に身近へ伝えることで責任意識を強く喚起するが、実際には行動できないため、見る者に倫理的ジレンマや苦痛を生じさせる。
(エ)写真とテレビはいずれも、映像内容の衝撃の強さによって、見る者に同じ程度の倫理的責任を負わせる。
まとめ
今回は、『メディアと倫理』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。