
伊勢物語『東下』は、教科書・言語文化において学習する作品です。そのため、定期テストにも出題されています。
ただ、実際にこの作品を読むと内容が分かりにくいと感じる部分も多いです。そこで今回は、伊勢物語『東下』のあらすじや現代語訳、意味調べなどを簡単にわかりやすく解説しました。
伊勢物語『東下り』の原文&現代語訳
原文①
昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国八橋といふ所に至りぬ。そこを八橋といひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。
現代語訳①
昔、男がいた。その男は、自分の身を何の役に立たないものと思い込んで、都には住むまい、東国の方に住むのによい国を見つけようと思って出かけて行った。以前から友とする人、一人二人と一緒に行った。道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。(そのうちに)三河の国の八橋というところに着いた。そこを八橋といったのは、川の流れがクモの足のように八方に分かれているので、橋を八つ渡していることにちなんで、八橋といった。その沢のほとりの木の陰に(馬から)降りて腰を下ろして、乾飯を食べた。⑦その沢にかきつばたがたいそう美しく咲いていた。それを見て、ある人が言うには、「かきつばたという五文字を和歌の各句の頭に置いて、旅の心をよみなさい。」と言ったので、その男が詠んだ(歌)。唐衣が何度も着ているうちに身になじんでくるように長年慣れ親しんだ妻が(都に)いるので、こんなに遠くまでやって来た旅をしみじみと悲しく思うことだ。とよんだので、人はみな、乾飯の上に涙を落として、(乾飯が)ふやけてしまった。
原文②
行き行きて、駿河の国に至りぬ。宇津の山に至りて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、蔦・楓は茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者会ひたり。「かかる道は、いかでかいまする。」と言ふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり 富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。
現代語訳②
さらに進んで行って、駿河の国に着いた。宇津の山まで来て、自分が入ろうとする道は、たいそう暗く細い上に、つたやかえでが茂り、何となく心細く、思いがけないつらい目にあうことだと思っていると、修行僧に出会った。(修行僧が)「こんな道を、どうしていらっしゃるのですか。」と言うのを見ると、見知った人であった。都にいる誰それという人のもとにと思って、手紙を書いてことづける。駿河にある宇津の山の「うつ」という名のように、現実でも夢でも(愛する)人に会えないことだよ。富士の山を見ると、五月の末なのに、雪がたいそう白く降っている。季節をわきまえない山は富士の山だ。今をいつだと思って、鹿の子まだらの模様のように雪が降り積もっているのだろうか。その山(富士山)は、ここ(都)でたとえると、比叡山を二十ほど積み上げたような(高さ)であって、形は塩尻のようであった。
原文③
なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
現代語訳③
なおも進んで行って、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう大きな川がある(所に出た)。それを隅田川という。その川のほとりに(一行が)集まって腰を下ろして、(旅を)振り返ると、果てしなく遠くまでやって来たものだなあと互いに嘆きあっていると、船頭が、「早く舟に乗れ。日も暮れてしまう。」と言うので、(舟に)乗って渡ろうとするが、(一行は)何となく悲しくて、(それは)都に恋しく思う人がないわけではない(からだ)。ちょうどそのとき、白い鳥でくちばしと脚とが赤い、鴫の大きさの鳥が、水の上で遊びながら、魚を食べている。都では見かけない鳥なので、誰も鳥のことは知らない。船頭に聞くと、「これが都鳥だ。」と言うのを聞いて、(都という言葉を)名前として持っているなら、さあ尋ねてみよう、都鳥よ。私が恋しく思う人は無事でいるかどうかと。とよんだので、舟(の中の人)はみんな泣いてしまった。
伊勢物語『東下り』のあらすじ&本文解説
『伊勢物語』は平安時代に成立した歌物語で、主人公である在原業平(ありわらのなりひら)の恋や旅の様子を描いています。「東下り」はその中でも特に有名な章段で、都を離れて東国へ向かう旅の途中で詠まれた和歌が印象的です。
あらすじ
主人公の「男」(在原業平)は、自分の将来に希望を持てず、都を離れて東国へと旅立ちます。数人の仲間と共に道を進み、三河国(現在の愛知県東部)の「八橋」に到着しました。そこは水の流れが幾筋にも分かれ、橋が八つ架かっている場所です。沢のほとりで休みながら食事をしていると、美しいかきつばたの花が咲いていました。そこで仲間の一人が、「かきつばた」の五文字を各句の頭に置いて歌を詠むように提案し、男は次のように詠みました。
「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」
(訳:着慣れた唐衣のように、長年慣れ親しんだ妻が都にいるので、遠くまで旅をしてきたことがしみじみと悲しく思われる。)
この歌を聞いた一行は、故郷への思いがこみ上げ、涙をこぼしました。その後、一行は駿河国(現在の静岡県)へと進みます。宇津の山では、道が暗く細く、蔦や楓が生い茂り、不安な気持ちに駆られます。そこで修行僧と出会い、男は都にいる知人へ手紙を託しました。彼は「宇津の山」の「うつ」にかけて、「現実でも夢でも愛する人に会えない」と詠み、さらに富士山を見て、五月末にもかかわらず雪が降る様子を「季節をわきまえない山」と詠みました。
旅を続ける一行は、やがて武蔵国(現在の東京都・埼玉県)と下総国(現在の千葉県)との間を流れる隅田川に到着します。川を渡る前に思いを巡らせ、「こんなに遠くまで来てしまった」と嘆いていると、白い羽に赤いくちばしと脚を持つ鳥を見かけます。都では見たことのない鳥だったため、船頭に尋ねると「都鳥」だと教えられました。そこで男は、
「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」
(※訳:名前に「都」とつくのならば、尋ねよう。私の愛する人は無事でいるのかどうか。)
と詠み、これを聞いた一行は皆涙を流しました。
本文の解説
「東下り」は、都を離れて東国へ向かう男の旅を通じて、故郷や愛する人への思いを詠んだ章段です。特に、各地の名所を題材にした和歌が重要な役割を果たしています。
八橋の場面では、「かきつばた」の五文字を用いて和歌を詠むという技巧が用いられています。これは「折句(おりく)」と呼ばれ、特定の文字を歌に組み込む方法です。この歌では、着慣れた衣服と妻への愛着を重ね、旅の寂しさを表現しています。
宇津の山の場面では、景色の描写を通じて旅の厳しさが伝えられます。「うつつ(現実)」と「宇津の山」を掛詞にし、恋人と会えない悲しみを詠んだ歌が印象的です。また、富士山の歌は、富士山の雄大さと五月末の季節外れの雪を対比させたものであり、「時を知らぬ(季節をわきまえない)」という表現がユニークです。
最後の隅田川の場面では、「都鳥」という名に託して都への思いを表現しています。都を象徴する鳥に恋人の安否を尋ねるという発想が、旅の寂しさを一層引き立てています。この歌は後世にも大きな影響を与え、『源氏物語』や江戸時代の文学にも引用されました。
解説のまとめ
「東下り」は、平安時代の貴族が都を離れ、未知の東国を旅する中で、都や愛する人を思う心情を詠んだ物語です。歌を通じて感情を表現する手法が特徴的であり、日本文学の美意識や言葉遊びの妙を感じることができます。特に、「かきつばた」や「都鳥」といった自然や地名を巧みに取り入れた和歌は、後の和歌文学にも影響を与えました。業平の旅は、単なる移動ではなく、心の旅でもあり、彼の繊細な感情が読者の共感を呼びます。
伊勢物語『東下り』の意味調べノート
【思ひなして】⇒思い込んで。「思ひなし」は、「思ふ」+「なす」の複合動詞「思ひなす」の連用形。
【京にはあらじ】⇒都には住むまい。「じ」は打消しの意志を表す助動詞の終止形。
【東の方(あずまのかた)】⇒近江の国(現在の滋賀県)と山城の国(現在の京都府)との境に置かれた逢坂の関から東の国々。
【ひとりふたりして】⇒一人二人と。「して」は動作をする人数を表す格助詞。
【橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける】⇒橋を八つ渡していることにちなんで、八橋といった。「なむ」は強意の係助詞、「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形で「なむ」の結び。
【乾飯(かれいい)】⇒乾燥させた携帯用の飯。
【おもしろく】⇒美しく。「おもしろし」は「美しい・趣がある」という意味。
【いはく】⇒言うには。動詞「いふ」の未然形に接尾語「く」が付いた形。
【みな人】⇒誰もみな。
【ほとびにけり】⇒ふやけてしまった。「ほとぶ」は「ふやける」という意味。
【行き行きて】⇒さらに進んで行って。
【暗う】⇒暗く。形容詞「暗し」の連用形「暗く」のウ音便。
【もの心細く】⇒何となく心細く。「もの」は接頭語。
【すずろなり】⇒思いがけない。
【いまする】⇒いらっしゃる。「いまする」はサ変動詞「います」の連体形。
【見し人】⇒顔見知りの人。
【つく】⇒託する。ことづける。
【うつつ】⇒現実。
【つごもり】⇒月末。「つきごもり」の略。
【白う】⇒白く。形容詞「白く」のウ音便。
【時知らぬ】⇒季節を知らない。
【降るらむ】⇒降り積もっているのだろうか。「らむ」は「どうして…のだろう」という原因推量を表す。
【群れゐて】⇒皆で一緒に座って。
【来にけるかな】⇒やって来たものだなあ。「かな」は詠嘆の意を表す終助詞。
【わび合へる】⇒嘆き合っている。「わぶ」は「心細く思って嘆く」という意味。
【京に思ふ人なきにしもあらず】⇒都に恋しく思う人がいないわけではない。「なき…ず」は二重打消し。
【名にし負はば】⇒そのように都という語を名に持っているのなら。
【舟こぞりて】⇒舟に乗っている人は残らずみんな。「こぞる」は「残らず集まる」という意味。
まとめ
この記事では、伊勢物語『東下り』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。