『富嶽百景』は太宰治の作品で有名ですが、今回解説するのは中島京子の『富嶽百景』です。この小説文は、高校教科書・文学国語に採用されている文章です。
ただ、実際に本文を読むとその内容が分かりにくいと感じる人も多いと思われます。そこで今回は、中島京子『富嶽百景』のあらすじやテスト対策、意味調べなどを簡単に解説しました。
『富嶽百景』のあらすじ
本文は、四つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
①私は友人に誘われ青森の「ねぶた祭り」を見に行った。だが、友人の夫が私に本当に見せたかったのは、弘前の「ねぷた祭り」だったらしい。私は、彼の深い郷土愛を知って驚いた。一足先に東京へ帰る私を、新幹線の駅に送り届けてくれる道で、運転席の彼が「岩木山が見えるよ。」と断固たる口調で言った。彼は岩木山への思いを語った。岩木山の別名は、「津軽富士」だそうだ。
②この「〇〇富士」という呼び名は探せばたくさんあるが、私になじみが深いのは、アメリカのワシントン州にある「タコマ富士」である。十年前、短い期間だが暮らしていたシアトルで見えたこの山はレーニエ山と言い、背の高いビルに登ると、天気のいい日は必ず見えた。このレーニエ山を、日系人が故国の名山になぞらえて「タコマ富士」と呼んだ。小学校で日本文化を紹介する先生をしていた私は、レーニエ山よりも富士山はもっときれいだと思い、児童相手にもそう説明したい気持ちに駆られたりした。
③太宰治や夏目漱石などの文豪は、富士山自慢に少し厳しい目を向ける。これは、日本中が翼賛体制を作り上げていく時代に、ともに「富士」に向けられるナショナリズムの胡散臭さを、嫌ったとも言えそうだ。だが、私自身は、富士山自慢をしたい衝動にしばしば駆られる。それは、ナショナリズムというよりも、むしろ、「ほかに自慢するものは何もない」という自信喪失に近い感覚かもしれない。
④私の義兄(姉の夫)はフランス人で、趣味で絵を描いていた。その際に必ず登場するのが「fuji」だった。彼が訪日した際、新幹線の窓から富士山を見損ねて車両中の乗客から同情され、私も彼に富士山を見せてやりたくなった。その年の夏、姉夫婦やその子供である姪と伊豆旅行をしたが、雨で富士山は見れなかった。彼らの帰国が迫った日、晴れだったので急遽、私は姉夫婦を乗せて山名湖までドライブを敢行した。しかし、次第に雨が降り始め、富士山は見られなかった。それ以来、彼は富士山を見たいとは言わなくなった。いつだったか、移動中の車の中からきれいに富士山が見えたこともあったが、山頂に雪がなかったので、あまり喜ばずに興味のなさそうな顔をした。その後、彼の「fuji」への熱が冷めたのかどうかは分からないが、五年後、私は彼の子供である姪の絵に富士山が描かれているのを知った。
『富嶽百景』の教科書解説
本作は、太宰治の『富嶽百景』を元ととするパスティーシュ(模倣小説)と呼ばれるものです。太宰治の作品では、時や場所によって異なるさまざまな富士山の姿が描かれていますが、この小説では直接的に富士山の姿はほぼ描かれておらず、富士山に対する人々の思いや姿が描かれています。
話の流れ
① 「ねぶた祭り」と「ねぷた祭り」から郷土愛を考える
筆者は青森の「ねぶた祭り」を見に行きましたが、友人の夫は本当は弘前の「ねぷた祭り」を見せたかったようです。この違いを大事にする彼の姿に、筆者は 「人は生まれ育った土地を特別に思うものだ」 と気づきます。そして、彼が大切にしている「岩木山」は「津軽富士」とも呼ばれ、地元の人にとって特別な存在なのだと知ります。
② アメリカの「タコマ富士」との比較
筆者は以前、アメリカのシアトルに住んでいました。そこには「レーニエ山」という美しい山があり、日系人はこれを「タコマ富士」と呼んでいました。彼らが遠い日本を思い出し、富士山に重ねていることに、筆者は郷愁を感じます。さらに、日本文化を教える立場から、「やっぱり本物の富士山のほうが美しい」と思う自分に気づきます。
③ 富士山を誇る気持ちとナショナリズム
太宰治や夏目漱石は、富士山を日本の誇りとする風潮に懐疑的でした。戦争中、富士山は 「日本の象徴」 として利用され、国の誇りと結びついていたからです。しかし筆者は、富士山を自慢したくなる気持ちは、単なるナショナリズムではなく、「自信のなさ」に近いのではないかと考えます。日本人が「富士山くらいしか誇れるものがない」と感じるからこそ、特別に思うのではないかということです。
④ フランス人の義兄の「fuji」
筆者の義兄(フランス人)は、趣味の絵に「富士山」をよく描いていました。しかし、来日した際に何度も見る機会を逃し、興味を失ってしまいます。それでも、後に姪の描いた絵に富士山が登場しているのを見て、筆者は「義兄の中にも富士山への思いが残っていたのかもしれない」と感じます。
この文章のテーマ
✔ 人は生まれ育った土地に特別な思いを抱く(郷土愛)
✔ 富士山を誇る気持ちは、単なる愛国心ではなく、日本人のアイデンティティの一部
✔ 富士山という存在は、外国人にとっても特別なものになり得る
筆者は、富士山が 「日本の象徴」 であることを再認識しつつ、それが国の誇りだけでなく、個人的な思いや記憶とも結びついていることを伝えています。
『富嶽百景』の語句調べノート
【見本(みほん)】⇒代表となる例。手本。
【サンプル(さんぷる)】⇒実例。
【張りぼて(はりぼて)】⇒木の枠組みの上に紙を張り重ねたもの。張り子。
【一足先に(いっそくさきに)】⇒少しだけ先に。
【断固(だんこ)】⇒いかなる場合でも決して譲らない強い意志。
【耳に残る(みみにのこる)】⇒音や言葉が記憶に強く印象に残っている。
【稜線(りょうせん)】⇒山や丘の頂上部分の険しい部分。
【日系移民(にっけいいみん)】⇒日本から他国へ移住した日本人またはその子孫。
【仰ぎ見る(あおぎみる)】⇒高いものを見上げること。また、尊敬する気持ちで見ること。
【霊峰(れいほう)】⇒神聖な山や霊的に特別な意味を持つ山。
【故国(ここく)】⇒生まれ育った国、または帰るべき国。
【荘厳(そうごん)】⇒格調高く、厳かで立派なこと。
【ナショナリズム】⇒自国への強い愛国心や誇り。
【彼の地(かのち)】⇒他の場所や遠い土地を指す言葉。
【俗(ぞく)】⇒一般的でありふれたこと。あるいは、道徳的に不純なこと。
【うつろな(うつろな)】⇒空虚で中身がない様子。心が無感動である状態。
【一等国(いっとうこく)】⇒世界的に優れた地位を持つ国、または最上級の国。
【高慢(こうまん)】⇒自分が他人より優れていると考え、傲慢に振る舞うこと。
【随所(ずいしょ)】⇒あちこち、あらゆる場所。
【文豪(ぶんごう)】⇒すぐれた作家や文学者。
【予見(よけん)】⇒未来の出来事をあらかじめ予測すること。
【来す(きたす)】⇒何かを引き起こす、あるいはもたらすこと。
【軌跡(きせき)】⇒何かが進んだ道筋、または歴史的な出来事の足跡。
【欲目(よくめ)】⇒自分の欲望に基づいて物事を過大に評価すること。
【雄姿(ゆうし)】⇒立派で力強い姿、特に男性の力強い姿を指す。
【あいにく(あいにく)】⇒残念なことに、運が悪いことに。
【同胞(どうほう)】⇒同じ国や民族に属する仲間。
【敢行(かんこう)】⇒危険を冒して、または困難に立ち向かって物事を実行すること。
【尊顔(そんがん)】⇒尊敬を込めて言う、相手の顔や顔つき。
【つかぬこと(つかぬこと)】⇒無礼なことや、予期せぬこと。
『富嶽百景』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①キョウド料理を食べる。
②リンジの先生をする。
③アイマイに笑う。
④キセキをたどる。
⑤自信をソウシツする。
⑥ミケンにしわを寄せる。
まとめ
今回は、中島京子『富嶽百景』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。