『棒』は、安部公房によって書かれた文学作品です。教科書・文学国語にも取り上げられています。
しかし、実際にこの作品を読むと、作者の伝えたいことが分かりにくいと感じる部分も多いです。そこで今回は、『棒』のあらすじや要約、語句の意味などをわかりやすく解説しました。
『棒』のあらすじ
本文は、8つの段落から構成されています。ここでは、各段落ごとのあらすじを簡単に紹介していきます。
①むし暑い、ある六月の日曜日、私は駅前のデパートの屋上で二人の子供の守をしながら街を見下ろしていた。手すりにへばりついているのは、子供よりも大人が多かった。少々、後ろめたい楽しみであったが、ただぼんやりしていただけで、後になって思い出す必要のあるようなことは、何も考えていなかったはずだ。ただ、湿っぽい空気のせいか、私は妙にいらだたしく、子供たちに対して腹を立てていた。
②ほんの気分上のことであったが、上の子供の声から逃れるようにぐっと上半身をのりだした私は、屋上から墜落してしまった。気がつくと、私はちょうど手ごろな一メートルほどの一本の棒になっていた。突然、頭上から降ってきた棒に、人々は腹を立て、興奮した。
③やっと一人の「学生」が、棒の私に気付いた。その学生は三人連れだった。彼は同じ制服を着て、背丈、顔つき、帽子のかぶり方までまるで双子のように似通っているもう一人の「学生」と、つけひげの白い鼻ひげを蓄え、眼鏡をかけたもの静かな長身の紳士である「先生」の三人連れだった。
④右側の学生は、棒に上下の区別があることを指摘した。棒は一定の目的のために使われていたもので、傷だらけになりながらも使われ続けたことから、生前は誠実で単純な心を持っていたと言う。一方で、左側の学生は、人間の道具としてただの棒であることはあまりに単純で下等であり、生前は無能だったと思うと言う。これに対して、右側の学生は、単純であるがゆえに、あらゆる道具の根本だとも言え、特殊かしていない分だけ用途も広いと言うが、先生は二人は同じことを違う表現で言っているだけで、この男(私)は棒であったのであり、棒は棒であるということだと言う。
⑤単純な誠実さを備えた棒(私)は、量的な意味よりも質的な意味でありふれた新しい発見の対象とはなり得ない存在だと先生は言う。右側の学生は、棒の処罰をためらい、左側の学生は、死者を罰するために存在するぼくらが罰しないわけにはいかないと言う。先生は、どういう刑罰が適当かと二人に問う。
⑥二人の学生はじっと考え込む。先生は、棒は裁かないことによって裁かれる連中の代表的な例であり、置きさりにすることが一番の罰であるとし、置きざりにされることで、棒は生前と同じく棒としていろいろに使われるだろうと言う。
⑦学生の一人が、棒はぼくらのやりとりを聞いて何か思っただろうか、と聞くが、先生は答えることはなく、三人はそのまま立ち去っていった。誰かが私を踏んづけた。雨にぬれて、地面に半分ほどめり込んだまま、私は置きざりにされた。
⑧私の子供のものともつかない、父親を叫び呼ぶ声が聞こえた。私のこどものようであったし、違うようでもあった。私は雑踏の中の子供たちに、父親の名前を叫んで呼ばなくてはならない子供が何人いたとしても、不思議ではないと思う。
『棒』の本文解説
安部公房の『棒』は、一見すると奇妙で理解しづらい作品ですが、その背後には人間の存在や社会との関係について深い問いかけがあります。
物語は、主人公の男が屋上から落下し、その後「棒」として扱われるようになる場面から始まります。
私は意識は残っているのに、外見や機能はただの棒に変わってしまい、人間として認められず、役に立つ「物」として利用されるだけになります。
この展開は、人間が社会の中でどのように評価されているのかを強烈に皮肉っているのです。
物語の途中では、学生や教授が棒を前にして議論します。ある者は「単純で誠実な道具」と見なし、別の者は「ただ利用されるだけの無能な存在」と批判します。
結局、教授は「どちらも変わらない」と結論づけ、棒は裁かれる価値すらない存在として放置されます。この場面は、人間の存在価値が「役立つかどうか」だけで語られてしまう社会の冷たさを象徴しています。
安部公房がここで描こうとしたのは、「人間らしさとは何か」という問題です。人は思考や感情を持ちますが、社会はしばしば内面ではなく外見や役割で人を判断します。
例えば、学校や職場で「成績の悪い生徒」「役に立たない社員」とラベル付けされるとき、本人の意志や感情は無視されがちです。私(棒)が自分を表現できず、ただの道具として扱われる姿は、その極端な例です。
また、この作品には「疎外」というテーマもあります。自分の意識は確かに存在しているのに、他者から認めてもらえない孤独です。
現代でいえば、SNSで「いいね」やフォロワー数によって価値が測られる状況が近いでしょう。数字に置き換えられることで、人は『棒』の主人公のように存在を軽んじられていると感じるかもしれません。
つまりこの作品は、単なる奇抜な物語ではなく、「人間の価値はどこにあるのか」「社会は私たちをどう見ているのか」という普遍的な問いを投げかけるものです。
安部公房は不条理な設定を通して、人間が社会でどう扱われているのかを鋭く描き出し、私たちに「人間らしさの本質」を考えさせようとしているのです。
『棒』の意味調べノート
【守(もり)】⇒子守。子供の番をし、相手になってやること。
【通風筒(つうふうとう)】⇒建物内の換気のために設ける風の通路となる装置。ダクト。
【うっとりと】⇒心を奪われてぼんやりするさま。
【むろん】⇒言うまでもなく。もちろん。
【ことさら】⇒わざわざ。特に。
【ほんの気分上のことで】⇒実際の理由ではなく、気持ちや気分の上だけのことで。
【入口(いりぐち)】⇒デパートの入り口。
【守衛(しゅえい)】⇒建物などの出入口で見張りをする人。
【いかにも】⇒まさしく。どこから見ても。
【一つ(ひとつ)】⇒ちょっと。ためしに。
【緑地帯(りょくちたい)】⇒一帯に草木を植えた地域。
【ささげて】⇒両手で目の前にさし上げて。
【生前(せいぜん)】⇒私が棒に変身する前。
【感傷的(かんしょうてき)】⇒物事に感じやすく、心を動かされやすいさま。
【特殊化(とくしゅか)】⇒普通とは違い、特別な性質を持つようになること。
【ならず】⇒手なづける。
【未練がましく(みれんがましく)】⇒納得のいかない様子で。
【あまりありふれている】⇒ありふれていて珍しくない。普通すぎる。
【抽象的(ちゅうしょうてき)】⇒具体的でなく、一般的・概念的であるさま。
【慈しむ(いつくしむ)】⇒大切にかわいがる。愛情を持って接する。
【促して(うながして)】⇒ある行為をするように仕向けて。
『棒』のテスト対策問題
次の傍線部の仮名を漢字に直しなさい。
①飛行機がツイラクする。
②ザットウの駅前で友人と会う。
③自分の行動をカエリみることが大切だ。
④博物館で珍しいヒョウホンを見た。
⑤森林が急速にショウメツする。
次の内、本文の内容を表したものとして最も適切なものを選びなさい。
(ア)学生や教授は、棒を人間として尊重し、その存在価値を認めた。
(イ)学生や教授は、棒を前に議論を交わしたが、結局「裁く価値すらない」として放置した。
(ウ)教授は、棒が人間の心を保っていることを理解し、救済しようとした。
(エ)学生たちは、棒を単純で誠実な存在と評価し、社会に役立てようとした。
まとめ
今回は、『棒』について解説しました。ぜひ定期テストの対策として頂ければと思います。